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流れ 2023年2月号 目次

― 特集テーマ:流体工学部門講演会 2月号  ―

  1. 巻頭言
    (橋本,松田,朴)
  2. 文化財建造物の熊本地震からの復旧‐熊本城,熊大の煉瓦造建築の被災・修理,新たな価値の発見‐
    伊東 龍一 (熊本大学)
  3. 多相系の乱流の数値シミュレーション(統一体積平均方程式に基づくモデリングの試み)
    梶島 岳夫 (四国職業能力開発大学校)
  4. 遷音速軸流圧縮機における動静翼列干渉の大規模DES解析
    尾﨑 隆吾 (九州大学大学院),谷内 勇喜 (九州大学大学院),古川 雅人 (九州大学),三浦 聡允 (川崎重工)
  5. プラズマ内包気泡を用いた新規PEDOT創製法の確立
    大竹 一彦(東北大学大学院),高奈 秀匡(東北大学流体科学研究所)
  6. 固体粒子の添加による壁乱流の変調現象
    本告 遊太郎(大阪大学),後藤 晋(大阪大学)

 

プラズマ内包気泡を用いた新規PEDOT創製法の確立


大竹 一彦
東北大学


高奈 秀匡
東北大学

1. 緒言

 第100期日本機械学会流体工学部門講演会において,栄えある優秀講演表彰をいただいた.この場を借りて日本機械学会の皆様および選考委員会の皆様に御礼を申し上げるとともに,講演発表内容を以下に紹介する.

 導電性高分子ポリ3,4-エチレンジオキシチオフェン(PEDOT)は,その高い安定性と透明性から,エレクトロニクス分野において活発な実用化および応用研究が行われている.

 PEDOTの創製は,モノマーあるEDOTからの化学的な酸化重合法が主流である.この手法では,EDOTおよびPEDOTの非水溶性に起因して,水溶性高分子であるポリスチレンスルホン酸(PSS)の添加が必須である.しかし,PSSは絶縁性が高く,PEDOTの材料としての性能を大きく制限する(1)

 そこで本研究では,水分散型のPEDOTを添加剤を用いずに創製する手法として,プラズマ内包気泡を用いたPEDOT創製法を新たに提案する.気泡内の放電で発生する酸化性ラジカルは,水中の難分解性有機物の分解除去に利用された実績があり(2),EDOT重合の反応種としても応用可能だと考えられる.EDOT水分散媒内においてプラズマ内包気泡を発生させることにより,気泡界面におけるEDOTと酸化性ラジカルの重合反応を生じさせ,水分散型PEDOTの創製を目指す.

 図1に,OラジカルによるEDOTプラズマ重合の反応メカニズムを示す.放電により発生したOラジカルが,EDOT分子のα基において作用することで,他のEDOT分子と連続的な重合が発生し,高分子PEDOTを創製する(3).PEDOTではπ結合の遷移によって電荷が輸送されるため,重合度が導電性向上に大きく寄与する.これは,重合度の向上による高分子鎖長さの成長が電荷の輸送距離を増加させるためである.

 本稿では,導電性および水分散性に優れたPEDOT創製を目指し,供給ガスの酸素濃度が創製材料の与える影響を実験的に明らかにする.


Fig. 1 Proposed polymerization mechanism of EDOT by O radical.

2. 実験方法

 図2に,プラズマ内包気泡によるPEDOTの創製に用いた実験装置図を示す.原料となるEDOT(東京化成工業製)は,濃度0.3 wt.%となるように純水で希釈して用いた.この際,EDOTは水溶性を有さない液体であるため,タンデム式超音波乳化法(4)により均一分散媒を作成した.EDOTと純水の混合液を,20 kHzの超音波分散機で5 分間攪拌処理を行った後,1.6 MHzの超音波霧化装置でさらに10 分間の処理を行うことで,EDOTの水分散媒を作成した.作成した水分散媒中のEDOTは,試験管(内径10.5 mm,外径12.0 mm)内にて,ガラス管から発生するプラズマ内包気泡により重合処理を行った.下端を封じたガラス管(内径5.5 mm,外径7.0 mm)の側面には,直径0.5 mmの小孔を設け,接地されたメッシュ型電極を試験管外部に取り付けた.ガラス管には,マスフローコントローラーを用いて,アルゴン・酸素混合気を1.0 l/minで供給し,小孔から気泡を発生させた.また,酸素濃度を5 – 50 %で変化させた.ガラス管内の中央に設置されたタングステン電極(直径3.5 mm)に電圧13 kV,周波数2000 Hzのナノパルス直流電圧を印加することで,小孔から発生する気泡内にて放電を発生させた.

 気泡内での放電の様子については,高速度カメラ(Photoron社製,FASTCAM SA5)を用いて,50000 fpsで撮影することにより可視化を行った.また,放電時に発生する反応性ラジカル種を明らかにするため,分光器(Ocean Photonics社製,USB 2000+)による分光計測を行った.

 PEDOT水分散媒から作製された薄膜の表面性状を評価するために,SEM(ZEISS 社製,Supra 55 VP)による計測を行った.また,薄膜を構成する高分子の化学構造を考察するために,フーリエ変換赤外線分光光度計測(FT-IR)(日本分光社製,FT/IR-4X)を行った.

 4探針プローブ(Astellatech社製,SR4-SS)とデジタルマルチメータ(NF社製,ZM2372)により計測された表面抵抗および,デジタルマイクロスコープ(HIROX 社製, HRX-01)から計測された膜厚から,薄膜の導電率を算出した.


Fig. 2 Schematic illustration of experimental setup for EDOT polymerization by discharge in bubbles.

3. 結果と考察

 動画1に,プラズマ内包気泡によるEDOT水分散媒の重合処理の様子を示す.電圧の印加により,気泡内での放電が連続的に発生する.また,動画2に,水中における気泡内放電を高速度カメラにより可視化した映像を示す(2).これより,放電は気泡内面に沿って発生することが分かる.また,放電の発生に伴い,気泡界面において表面張力波が発生し,流体力学的不安定性から気泡が微細化する.

Movie 1 PEDOT synthesis with plasma enveloped bubble. Movie 2 High speed imaging of discharge inside bubble (2).
   

 図3には,供給ガスの酸素濃度5 %および50 %における放電発光の分光測定結果を示す.酸素濃度5 %では50 %に比べ,Oラジカルの発光強度が増加する.よって,供給ガスの酸素濃度により気泡内の反応性ラジカル組成が変化し,低酸素濃度ではOラジカルの組成比が高くなることが明らかとなった.

Fig. 3 Emission spectra from discharge for 5 % and 50 % of oxygen concentrations.

 図4に,創製されたPEDOT水分散媒を,各酸素濃度に対して示す.プラズマ内包気泡を用いた重合処理により,高い透明性と分散性を有したPEDOT水分散媒が得られる.また,酸素濃度5 %の下で得られる水分散媒が褐色であるのに対し,酸素濃度50 %の下で得られる分散媒は薄い黄色となる.分散媒中の高分子の化学結合状態は,供給ガスの酸素濃度に対して依存性を有することが示唆された.


Fig. 4 Pictures of synthesized water dispersing PEDOT for different oxygen concentrations.

 図5に,PEDOT水分散媒から作製された薄膜のSEM画像を示す.酸素濃度5 %での処理で得られる薄膜が平滑であるのに対し,酸素濃度50 %では,複数の薄膜が多方向に成長したような特徴的な表面性状を持つ薄膜が得られる.

Fig. 5 SEM images of elaborated films from PEDOT emulsion processed at 5 % and 50 % of oxygen concentrations.

 

 図6に,薄膜のFT-IR計測結果を供給ガスの酸素濃度に対して示す.各酸素濃度において,1228 cm-1にEDOTの重合により生じるCα-Cα 結合に対応したピークが現れる.また,1192 cm-1に表れるピークは,未重合のEDOT単分子が有するCα-H 結合に対応している.Cα-H 結合のピークに対するCα-Cα 結合のピークの相対強度は,酸素濃度5 %において最も高い.よって,酸素濃度5 %の処理により,最も重合度の高い高分子が創製される.また,酸素濃度5 %では,1600 - 1800 cm-1に示すカルボニル基に対応するピークの強度が最も強い.カルボニル基は,本来のPEDOT化学構造中に含まれないことから,Oラジカルのドーピングにより発生したと考えられる.また,結合力が微弱で構造分解が容易に発生するエチレンジオキシリングに関しても,酸素濃度5 %では鮮明にそのピークを確認できる(1080,1051 cm-1).よって酸素濃度5 %で得られる高分子は,Oラジカルによる重合とドーピングが促進される一方,化学構造の分解が抑制されることが示された.


Fig. 6 FT-IR spectra of elaborated PEDOT films for different oxygen concentrations.

 図7に,算出された薄膜の導電率を,供給ガスの酸素濃度別に対して示す.酸素濃度5 %での処理では3 S/cmを超える最も導電率が高い薄膜が得られるのに対し,酸素濃度を増加させることで,薄膜の導電率は0.8 S/cmを下回る.


Fig. 7 Electrical conductivities of synthesized PEDOT films for each oxygen concentrations.

 以上の結果より,酸素濃度5 %でのプラズマ重合処理により得られるPEDOT水分散媒は,最も高い導電率を有する薄膜を成形することが示された.これは,FT-IR計測から明らかなように,当酸素濃度での処理では,重合が促進される一方,分子構造の分解が抑制されたためである.酸素濃度5 %では50 %に比べ,気泡内放電により発生するOラジカルの組成比が高いため,重合が促進されたと考えられる.一方,Oラジカルに比べ酸化電位の大きいOHラジカルの組成比が減少したことで,分子構造の分解は抑制される.また,薄膜が平滑であったことにより,分子間での電子の移動性も向上したことも,導電率増加の一因である.

4. 結言

 本研究では,プラズマ内包気泡を用いた新規PEDOT創製法の確立を目指し,供給ガスの酸素濃度が創製材料に与える影響を実験的に明らかにした.酸素濃度5 %で処理を行うことにより,気泡内のOラジカルの組成比が増加し,重合が促進されつつ,分子構造の分解が抑制されることで,最も導電率の高い薄膜を創製することに成功した.以上の結果より,本方式の有効性が示された.

文献

(1) T. Horii, H. Hikawa, Y. Mochizuki and H. Okuzaki, “Synthesis and Characterization of Highly Conductive PEDOT/PSS Colloidal Gels”, Transactions of the Materials Research Society of Japan, Vol. 37, No. 4 (2012), pp. 515-518.
(2) Nishiyama, H., Takana, H., et al., “Characterization of DBD Multiple Bubble Jets for Methylene Blue Decolorization”, Journal of Fluid Science and Technology, Vol. 8, No. 1 (2013), pp. 65-74.
(3) B. R. Pistillo, K. Menguelti, D. Arl, R. Leturcq and D. Lenoble, “PRAP-CVD: Up-scalable process for the deposition of PEDOT thin films”, Advanced Materials Letters, Vol. 10, Issue (2019), pp. 201-205.
(4) K. Nakabayashi, F. Amemiya, T. Fuchigami, K. Machida, S. Takeda, K. Tamamitsu and M. Atobe, “Highly clear and transparent nanoemulsion preparation under surfactant-free conditions using tandem acoustic emulsification”, Chemical Communications, Vol. 47, Issue 20 (2011), pp. 5765-5767.
更新日:2023.2.24