流れ 2007年4月号 目次
― 特別寄稿 ―
― 特集: 自動車と流れ ―
| リンク一覧にもどる | |
CFDによる自動車エンジンルーム内の熱環境予測
|
1 . はじめに
世界規模で環境への意識が高まる中,自動車メーカーへの環境負荷低減要求は厳しいものとなっている.我々自動車メーカーとしても,燃費向上対策,騒音対策,排出ガス対策と言ったあらゆる環境負荷低減の取り組みを行っているが,エンジンルーム内の熱環境という視点から見るとマイナス要因として作用するものも少なくない.例えば,燃費向上対策においてはハイブリッドシステムなどの新システム採用により熱源が多様化し,騒音対策においては大型アンダーカバーの装着によりエンジンルームが密閉化している.さらに,排出ガス対策においては触媒追加により排気管温度が上昇する.いずれにしても,エンジンルーム内の熱環境は非常に厳しいものとなっている.
このように,近年の自動車開発においてエンジンルーム内の熱環境は相反する様々な要件を両立しつつ,各種部品の耐熱性能を満足させることが必須である.こうしたことから,開発初期段階でエンジンルーム内の熱環境を評価できるエンジンルーム内熱環境予測手法の開発が望まれている.これまでにも,いくつかの報告事例があり [1] ~ [5] ,自動車メーカーでの手法開発動向が伺える.そこで本稿では,我々が取り組んでいる予測手法の一例を紹介し,エンジンルーム内熱環境の予測可能性と有効性について報告する.
2 . 熱害試験
熱害試験を行う高温環境試験室は,図1のようなシステム構成になっている [6] .図に示すように,温度制御装置,湿度制御装置,日射装置によって,温度,湿度,日射量を任意に設定でき,様々な温熱環境を再現できる.熱害試験では,この高温環境試験室を使ってある定められた環境下で試験が実施される.すなわち,エンジンルームの熱負荷が最も厳しくなる夏季高温状態で,フレッシュベント・フルクールのエアコンモード時を想定した環境条件である.走行モードとしては,主にエンジン熱負荷が大きい高速走行状態や登坂走行状態と冷却風の取り入れが厳しくなるアイドリング状態がある.
図1 高温環境試験室の概要
本研究においては,自動車の性能を評価する上で基本となる高速走行時におけるエンジンルーム内の熱環境を検討する.表 1 に主な試験条件を示す.試験車両は, SUBARU IMPREZA WRX Sti の試作車であり,その仕様を表2に示す.試作車とは,市販車を開発するための試験車両であり,市販車のエンジンルーム内部品と多少異なっている.この試験車両を用いて,夏季高温状態の高速走行時におけるエアコン熱負荷がエンジンルーム内の熱環境に及ぼす影響を調べてみた.
表1 熱害試験条件 |
表2 試験車両スペック |
3.数値シミュレーション
3 ・ 1 数値計算手法
本研究では,汎用熱流体解析ソフト FLUENT Ver.6.2( 開発元: Fluent Inc.) [7] を用いて定常計算を行った.乱流モデルは Realizable k -ε モデルで,放射モデルは Discrete Ordinates モデルを使用している.計算には, CPU が Xeon 3.4GHz, 総メモリが 8GB のマシンを使用し, 4CPU のパラレル計算を行った.計算時間は, 1 ケースに約 36 時間かかっている.
3 ・ 2 計算モデルと境界条件
図2のように高温環境試験室モデルを作成し,出来るだけ熱害試験状態に近づけた.車両および高温環境試験室を約 230 の境界に分け, 14 種類の材料物性と 10 種類の放射率をそれぞれの部品に合わせて設定した.メッシュサイズは 5 ~ 30mm であり,計算モデルの総メッシュ数は約 590 万セルである.
図2 計算モデルと CFD による流れの可視化
主な境界条件を表3に示す.熱源である排気系部品には,試験データから作成した温度分布を設定した.また,ラジエーター,コンデンサー,インタークーラーについては,通過風速に応じて放熱する熱境界条件を設定してある.その他の部位については,内部構造を考慮して 熱貫流率を算出することで,各境界に熱抵抗を与えた.
表3 主な境界条件
4 . 熱環境の予測評価
4 ・ 1 予測結果
図3,4に,各部位における温度の試験結果と計算結果を示す.エアコン ON ・ OFF 共に計算結果は試験結果と定性的に一致しており,その温度誤差は 10 ℃以下となっている.しかし,詳細に比較して見ると,エアコン ON ・ OFF 時のエンジンマウントやエアコン ON 時におけるファン後方およびエンジンルーム右側の雰囲気が,他の部位より温度予測誤差が大きいことがわかる.これらの部位における予測精度を改善するためには,排気系やラジエーター等の熱源をより現実に合うように設定することが重要である.
図3 エアコン OFF 時の温度予測結果 |
図4 エアコン ON 時の温度予測結果 |
4 ・ 2 エアコン熱負荷による熱環境評価
以上の計算結果を受けて,エアコン OFF 時よりもエアコン ON 時に高温状態となる部位を視覚的に把握し,熱環境条件が悪化する原因を探ってみる.図5に,エンジンルーム内に流れ込む気流の様子とエンジンルーム内の温度分布を示す.図5より,フロントグリルからエンジンルームに流れ込んだ気流は,コンデンサー,ラジエーターを通過する際に熱を授受して温度が上昇する.温度上昇した気流は,エンジンルーム内の各部位に流れ込むことによって各部品が高温になっている様子が見て取れる.また,排気系部品であるターボチャージャーは非常に高温であるため,熱放射により周囲部品の温度上昇に影響を与えている様子がわかる.
図5 エンジンルーム内の流れと温度の可視化結果
さらに,エアコン OFF 時に比べ,エアコン ON 時に高温となったファン後方の雰囲気温度とエンジンマウント, DOJ ブーツ周りの温度分布を調べてみた.図6 , 7に計算によって得られた温度分布を示す.図6はエアコン OFF 時,図7はエアコン ON 時の計算結果である.これらの図より,図5で確認された現象と同様に, エンジンルームの雰囲気温度がコンデンサーとラジエーターの後方から大きく上昇している様子を確認することができる.特に,エアコン ON 時は ラジエーター,コンデンサーからの放熱量が増えるため, エンジンルームの雰囲気温度がエアコン OFF 時に比べてより高温状態になっている .これが, エアコン ON 時にファン後方の温度が上昇した原因と考えられる.また,排気管周りの部品温度は, 高温状態である排気系部品からの放射熱の影響を強く受けていることがわかる.特にエアコン ON 時には, エンジン回転数が増加し,排気管表面温度が上昇するため,周辺部品も高温状態になり易い. このことが,エアコン OFF 時に比べ, エアコン ON 時に排気管周りに位置するエンジンマウント, DOJ ブーツ等の温度が上昇した原因であると言える.
図6 エアコン OFF 時の温度分布 |
図7 エアコン ON 時の温度分布 |
以上の計算結果からわかるように,本予測手法によって高速走行時の熱害試験をシミュレーションすることが可能である.また,得られた温度分布から高温状態となる部位の把握ができるようになり,熱害対策の検討に適用可能である.
5 . おわりに
本稿において,エンジンルーム内熱環境予測手法の一例を示した.本予測手法により,エンジンルーム内の熱環境を定性的に予測可能であり,開発初期段階におけるエンジンルームのレイアウト設計検討に有効である.しかし,高温環境試験室やエンジンルームを含めた車両を細部にわたってモデル化し,詳細に境界条件を設定することは容易ではなく,多大な時間を要する.今後,エンジンルーム内熱環境予測手法をより有効な設計ツールとして活用するには,計算精度を落とさずに,モデル作成の簡素化,境界条件設定の簡便化が必須であり,更なる検討を行っていく必要があると考えている.
参考文献