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流れ 2007年4月号 目次

― 特別寄稿  ―

― 特集: 自動車と流れ  ―

  1. 自動車の計算流体力学
    安木 剛(トヨタ自動車)
  2. CFDによる自動車エンジンルーム内の熱環境予測
    小森谷 徹(富士重工業)
  3. カーエアコン性能を最大化するためのCAE
    浅野 秀夫,須藤 知宏(デンソー)
  4. 自動車用流体機械における流れの数値解析
    近藤 靖裕,河上 充佳,増田 糧(豊田中央研究所)
  5. 自動車空力騒音のシミュレーション
    堀之内 成明,稲垣 昌英,加藤 由博(豊田中央研究所)
  6. 自動車周りの非定常流れ
    小島 成(カレッジ・マスターハンズ),亀本 喬司(横浜国立大学)
  7. 編集後記
    川口清司(富山大学)、安藤俊剛(三重大学)、磯 良行(石川島播磨重工)、
    宇都宮浩司(広島工業大学)、東村哲志(シーディー・アダプコ・ジャパン)

 

カーエアコン性能を最大化するためのCAE


淺野 秀夫


須藤 知宏

株式会社デンソー
冷暖房実験部
CAE 室

1. はじめに

 カーエアコンは図 1 に示すように , 室内インパネ内部に室内空調ユニット,リアに後席専用ユニット,エンジンルーム内にコンプレッサ,コンデンサなどの冷凍サイクル部品が自動車内部全体に分散配置され連結されている.このため,カーエアコンの設計開発は,新車開発の初期段階から自動車ボティ形状 , エンジンルーム設計 , 内装デザインの各車両設計グループと常に擦り合せを実施する必要があり,擦り合せ型の設計プロセスが実践されている (1)

 ここで,擦り合わせにも拘らず設計変更が必要となった場合,それが,エンジンルーム内部の狭い隙間を極端に大きく迂回する冷媒配管等による圧損や熱負荷の増加や,熱交換器に十分に風量が供給されない等の場合は,初期に満足できた性能を低下させる一因になる恐れがある.本稿は,コンデンサ性能に着目する.近年コンデンサの途中に冷媒の過冷却 ( サブクール ) 用熱交換器を内蔵させて冷房性能を高める構造のサブクールコンデンサが主流であるが (2) ,サブクール部分も含めて全体にある程度均一な風速・温度の風が流入しなければ,最大性能は発揮できない.実車搭載の諸要件を満たした上でコンデンサ性能ひいてはエアコン性能を最大化するために,実車のない車両構想段階でエアコン性能を予測する手法を開発したので,ここに紹介する.

図 1. カーエアコンの配置構成

 

2. 実車エアコン性能予測手法の基本構成

 実車状態のエアコンシステムを設計するためには,実車状態のエアコン性能を予測する技術が必要である.図 2 に実車エアコン性能予測手法の全体構成を示す.まず第一に,実車状態のコンデンサ前面風速・温度分布を予測するための,エンジンルーム(以後 E/G ルーム)内の三次元熱流れ計算手法( CFD )がある.これに,風速・温度分布を考慮できるコンデンサ性能二次元モデルによるコンデンサ性能と冷凍サイクルの連成によりバランス計算を行うことで全体の実車エアコン性能及び吹出し温度予測を行う.

図 2. 実車エアコン性能予測手法の全体構成

 

3. E/G ルーム内熱流れ計算

3.1 解析モデル

 コンデンサの風速・温度分布を予測するためには, E/G ルーム内部の流れと車体外側の流れの考慮が必要である.解析モデルを図 3 に示す.

図 3. E/G ルーム解析モデル

 

 これは FF 車の E/G ルームを示しており,補機部品をモデル化したものである. E/G ルーム内モデルの特徴としては,コンデンサ周辺部はモデル形状及び搭載部品を詳細に再現し, E/G 周辺部は内部流れに影響が小さいと考え,簡略なモデル化を実施した.車体外側の空間としては,車長に対して十分大きな空間を設けることにより,妥当な車体外側の流れを考慮した.

 

3.2 計算条件

 計算条件を表 1 に示す.

表 1. 計算条件及び境界条件

項目 計算設定 項目 計算設定
ソフトウェア名 STAR-CD 境界条件 車両前方:微風速固定
車両後方:圧力境界 ( 大気圧 )
壁面  :対数則
格子系 四面体非構造格子
メッシュ数 350 万 発熱体 ①ラジエータ後流温度:実測値
②エンジン表面温度:実測値
③排気管表面温度:実測値
(②③は対流熱伝達を考慮)
計算方法 定常・非圧縮
差分スキーム MARS(2 次精度 )
乱流モデル 標準 k- ε 乱流モデル 電動ファン 体積力による周回転成分考慮

 

3.3 : 計算結果

図 4. E/G ルーム内の流動状況

 図 4 に E/G ルーム内で発生する熱流れの流動様式を示す.流れの傾向として,電動ファンから出てきた熱風が E/G ブロックに衝突し左右に分岐する.分岐した熱風はそれぞれ両サイドバンパー内部に入り込み,バンパの内側を通過してコンデンサ前面 に回り込んでいる.そして,回り込んだ熱風は電動ファンにより,再びコンデンサへ吸い込まれる現象が計算より確認できる. E/G ルーム断面における静圧分布を図 5 に示す.コンデンサの前後において,大きな圧力差が発生していることが計算より確認できる.この圧力差によって, E/G ルーム側からコンデンサ前方側へ回り込む流れが生じているものと考えられる.

 

図 5. E/G ルーム内の静圧分布 ( 左 : 垂直断面 , 右 : 水平断面 )

 

4. コンデンサ二次元計算モデル

 現在主流のマルチフロータイプ ( 以後 MF) は,コンデンサに流入した冷媒が入口側タンクより多数のチューブに分岐し,吐出側タンクに流れる.また吐出側タンクに仕切り板を入れることで,パス数を設定できる内部構造をしている.この構造を持ったコンデンサ性能予測モデルの構築を検討する.

4.1 コンデンサ性能計算 ロジックの考え方

 コンデンサ前面部の風速・温度分布を考慮した性能予測を実施するためには,各チューブを流れる冷媒流量を考慮し,チューブ微小領域にて発生する放熱量を求める必要がある.

 まず冷媒流れ方向にチューブを N 分割し,分割した 1 区間をセルとする.コンデンサ内の冷媒状態は,気相・液相・気液 2 相の状態が存在するため,まず始めに第 1 セルの中で冷媒乾き度 X(i) を求め,冷媒の相状態を判定する.次に相状態に応じた冷媒熱伝達率 ( α r(i) ) と冷媒圧力損失 ( Δ Pr(i) ) を計算し,この2つの値からセル内で発生する放熱量 ( Δ Qr(i) ) を求める.冷媒気液 2 相状態における圧力損失と熱伝達率の求め方については, 4.2 項及び 4.3 項にて説明する.

 続いて, Δ Qr(i) から次のセルの乾き度 X(i +1 ) を求め,同じように次のセルで発生する α r(i +1 ) Δ Pr(i +1 ) の計算を実施し,放熱量 Δ Qr(i +1 ) を求める.これを最終セル( N 番目)まで繰り返し,最終セルの乾き度が目標乾き度と一致する場合,全てのセルの放熱量を合計しコンデンサ全体の放熱量 Qr を計算する.しかし,最終乾き度が不一致の場合,最初に仮定した冷媒流量を変更して最初のセルから再計算を行う.また,各チューブへの冷媒分配量の計算については 4.4 項で説明する.

4.2 冷媒 2 相域での圧力損失

 冷媒 2 相域での圧力損失における一般式は, Lockhart-Martinelli により示されており,圧力損失は液単相での圧力損失にある係数をかけたもので表されている (3) .この無次元係数は Martinelli Parameter により関数化されている.この関数化された Parameter は実験より定義した.

4.3 冷媒 2 相域での熱伝達率

冷媒 2 相域における熱伝達率については,多数の研究者により円管での実験式が提案されている (4) .しかし,これらの対象は MF コンデンサより管径が 10 倍以上あり,適用範囲から大きく外れている.また,これらの実験式は気相と液相の流動様式により大きく影響されることが分かっている (5) .そこで, MF コンデンサによる実験を行い,実験データをもとに独自の手法にて式を整理した.考え方は圧力損失と同様に液単相の熱伝達率に 2 相ヌセルト数をかけたもので表す.

4.4 チューブ間の冷媒流量分配計算

 始めに,各チューブを流れる冷媒量はコンデンサを通過する冷媒量をチューブ本数 M で割った値を初期値として定義する.次に,各チューブで発生する冷媒圧損を計算し,圧損値を比較する.圧損値が等しくならない場合はチューブ間で冷媒流量の調整を行い,再計算を実施することで冷媒流量の分配を考慮する.なお,今回の分配計算においては,チューブの入口と出口側に設置されているタンク内の圧力分布は均一とした.

 

5. 連成計算方法

 CFD とコンデンサ 2D モデルの連成方法を図 6 に示す. E/G ルーム CFD で求めたコンデンサ前面部の風速・温度分布をコンデンサ 2D モデルの入力条件として設定し,コンデンサ 2D モデル(図 6 下段)の同一セル内で空気側と冷媒側の熱交換を実施する.ここで,チューブ&フィンの領域を1つのセルと定義し,セル内の熱交換は前述のサブルーチン計算を行い,各セルで発生した熱量の合計がコンデンサ性能となる.なお,実機ではコンデンササイド部にモジュレータが設置されているが,本計算では計算負荷低減のため対象外とし,空気の流れ方向における冷媒は一様と仮定し,分割セル数は1層とした.また,本モデルはコンデンサ通過後の空気温度の算出が可能であるため,車両設計で重要となる実車状態のラジエータ性能予測に対しても有効である.

図 6. E/G ルーム CFD とコンデンサ 2D モデルの連成方法

6. 開発車両への適用効果

 車両構造が決定する前の段階に,本報で構築した実車エアコン性能予測技術を開発車両へ適用し,エアコン性能を確保した E/G ルーム設計の検討を行った.

 図 7a に初期構造におけるコンデンサ前面の温度分布を示す.これより,初期開発車両は電動ファンからの熱風がコンデンサ両側から回り込んでいることが計算で確認できた.

 そこで,コンデンサの両側に遮蔽板を設置することにより,熱風回り込みの防止を行った.この結果を図 7b に示す.初期構造でのコンデンサ温度分布 ( 図 7a) に対して,大幅に熱風の回り込みが低減されていることが確認できる.遮蔽板による改善効果は,コンデンサの平均温度: 8 ℃ (50.7 ⇒ 42.7 ℃ ) ,エアコン吹出し温度: 0.8 ℃ (16.8 ⇒ 16.0 ℃ ) を得ることができた. ( 外気温度: 35 ℃ )

 以上より, 実車のない構造計画段階でエアコン性能予測を行い,構造改良策を検討し,定量的な効果を示した.その結果,改善策を車両構造が決定される前に適用することができた.

a) 初期構造 b) 改良構造
図 7. 本手法による改良効果予測

 

7. おわりに

 この計算手法は,コンデンサと周辺部品のモデリング精度だけではなく, E/G ルーム内外の全ての形状及び熱伝達モデルの精度が影響する.従って,いかに適正にモデル化するかが,性能向上へのキーポイントとなる.さらにこの CAE 技術を戦力化しようとするならば,その関連設計プロセス改革を真剣に考えていかなければならない (6) .高度な CAE 技術を開発しても,設計が常時活用できないものでは,何もならない.私は,今後も,設計開発プロセス改革と歩調を合わせて CAE 技術開発に取り組みたい.

 

参考文献

(1) 藤本隆宏, 2003 ,“能力構築競争”,中公新書, pp94-106 .
(2) カーエアコン研究会,“カーエアコン,第 2 版”,山海堂, pp36,139-142 .
(3) 日本機械学会,“伝熱工学資料,改訂第 4 版”, pp42-154 .
(4) 日本機械学会,“管路・ダクトの流体抵抗”, pp180-191 .
(5) 植田辰洋,“気液二相流”,養賢堂, pp221-264 .
(6) 小林淳一,“企業における計算科学の適用”,日本機械学会計算力学部門ニュースレター No37 , November , 2006 , pp1-2 .
更新日:2007.4.2