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流れ 2008年4月号 目次

― 特集: 次世代二相流研究 ―

  1. まだ道なかば -船の抵抗とマイクロバブル-
    加藤 洋治(東洋大学)
  2. 気泡流だけに見られる面白いウエイク構造
    村井 祐一(北海道大学)
  3. サブミリスケールの気泡発生制御とその計測
    真田 俊之(静岡大学)
  4. 自由エネルギー拡散界面モデルの二相流数値解析への導入
    高田 尚樹(産業技術総合研究所)
  5. マイクロチャネル積層型熱交換器における熱交換特性と微細管内の気液二相流動現象
    藤原 暁子(筑波大学)
  6. オランダ トゥウェンテ大学滞在記
    杉山 和靖(東京大学)
  7. バブルリングの形成過程の観察(流れの夢コンテストに参加して)
    杉本 康弘(金沢工業大学)
  8. 編集後記(牛島,深潟,北川)

 

まだ道なかば -船の抵抗とマイクロバブル-

加藤 洋治
東洋大学

 筆者が学生だった頃(なんと50年前!),船の抵抗についてはこう習った.

- 船の抵抗の主な成分は,造波抵抗と摩擦抵抗.高速の船では造波抵抗の成分が大きいが,普通の船では,造波抵抗が半分,摩擦抵抗は半分と覚えておけば,あまり間違えはない.

 ところがその直後,東大の乾 崇夫先生の球状船首(バルバス・バウ)の発明があり,球状船首をつけた船の造波抵抗は激減し,船の設計者の間では「造波抵抗はコントロールできるもの」という考えが普通になった.

下の左の写真は1961年に造船協会(現在の日本船舶海洋工学会)の論文集に掲載された実船実験の写真である[1]. 右が球状船首をつけた「くれない丸」,左がつけていない「むらさき丸」である.船首から発生する波が大幅に減少していることがわかる.この写真はいかにも2隻の船が「ヨーイドン」と一斉にスタートして,球状船首をつけた「くれない丸」がリードしたように見えるが,乾先生の種明かしでは「くれない丸の実船実験をやっていたら,むらさき丸がそばを通ったので一緒に走ってもらった」だけのことだそうである.乾先生はお元気で今年,米寿を迎えられた.

図1 「くれない丸」(右)と「むらさき丸」(左) 図2 乾先生と筆者(右)(2006年10月)

 

球状船首の発明により,船の抵抗の主な成分は摩擦抵抗になってしまった.下の図は全長240mのコンテナー船の抵抗の内訳である.RWは造波抵抗,RFは摩擦抵抗,RF0は船の表面積と同じ大きさの平板の摩擦抵抗である.この船の設計速度は11-12m/sあたりであるから,抵抗の大部分は摩擦抵抗ということが出来る.


図3 コンテナー船の抵抗成分(L=240m)

 

 造波抵抗の劇的な減少にくらべ,摩擦抵抗の低減は遅々として進まなかった.摩擦抵抗の低減は流体力学の研究者が興味をそそられるテーマであり,機械工学の分野でも,航空工学の分野でも,船舶工学の分野でも,いろいろな工夫がされている.しかし,実用化されたものはあまり多くない.

  空気膜を使うことは古くから試みられている,この工夫からホーバークラフトが生まれたという話をきく.ポリマー(高分子化合物)を油井掘削や消防に用いたという話がある.1970年ごろイギリスで掃海艇を使ってポリマーによる摩擦抵抗低減の実験が行われ,実験は成功だったが(17%の馬力節減)実用的でないという結論だった[2].最近のマイクロバブルを使った実船実験については児玉氏の解説に詳しい[3].しかし,球状船首に比べ,ホームランはおろかクリーンヒットも出ていないような気がしてならない.

 筆者が摩擦抵抗の低減に興味を持ったのは20年ほど前のことである.ことにマイクロバブルはキャビテーションと流れの様子が似ていて親しみがあった.アメリカやロシヤの論文を読んでいく内,マイクロバブルによる摩擦抵抗低減のメカニズムの考察(説)として,気泡が混入することで流体の粘度が増すこと(いわゆるEinsteinの法則)が原因であろうという説があることを知った.

  1つのばかばかしいアイデアが浮かんだ. 乱流境界層の底のあたりに,水-高粘度流体―水のサンドウィッチ構造を作ってやったら,摩擦抵抗が減少しないかということである.

  さっそく実験装置を作りやってみた.高粘度流体として砂糖水を作り,壁面から壁面に沿って吹き出した.そしてそのすぐ下流で水を同じように吹き出し,壁面のせん断応力を測ってみると,下右図のように,せん断応力が半分以下になった.[4] このような結果が出ると,年甲斐もなく「やった!」「ざまーみろ」などと叫んでしまう.なにが「ざまーみろ」か分らないが?!

  (「本当かいな」と思ってやってみる方がおりましたら,筆者にご一報を.吹き出し法に一寸したknow-how があります)

図4 上流から砂糖水を,下流から水を吹き出す 図5 条件によっては摩擦抵抗が半分以下になる

 

 その後,回流水路を作り,空気泡を流す実験を始めた.[5] しかし,どうも面白くない.気泡径の影響はどうだろうと実験してみると,摩擦抵抗低減量は局所ボイド率に比例し,気泡径の影響はほとんどないという結果になってしまった.[6]

  それではと言うので水の電気分解で出来た水素/酸素気泡(これは直径が数10ミクロン)を使って実験すると,1mm前後の空気泡の実験に比べ、数100倍も効果があるという結果が得られた.これはすごいと喜んでいたら,「どうも計測に使ったせん断力計が電気分解に使った電流の影響を受けているようだ」という心配が出てきた.同じせん断力計で計測している他の大学でも同様の意見である.

  「電気的な影響を受けない計測法」は「電気的でない計測法」ということで,「2点間の差圧を水柱で測る」という一番古典的な方法をやってみた.「せん断力計は1ヶ20-30万円,水柱なら2-300円」などと言って,悦に入っていた.もっとも,水柱のメニスカスはデジカメで撮って,1/10mmまで読んで,精度を上げる努力をした.

  結果は100倍ではないが,大きな気泡の10倍以上の効果はありそうだということになった.[7] 下図は北大の村井先生が提案された(それほど大げさに言うものでもないが),摩擦抵抗低減率(DR)をボイド率(α)で割ったもので,値が大きいほど,効果が大きい.電気分解で出来た気泡は大きさがbuffer layer やbursting の規模と同じくらいのオーダーで,「そのような気泡は乱流境界層を効果的に制御する」という考えはもっとものように思える.


図6 直径10-80μmのマイクロバブルの方が効果が大きい?

 最初に紹介した球状船首の開発について「どうしてうまく行ったのですか」と聞いたことがある.乾先生の答えは,①波形を見た,②船首波を見た,③線形近似をしなかった,④簡単にして解いた,である.「造波抵抗」は言うまでもなく「波による抵抗」である.船首波は粘性の影響を受けない波である.まず,単純なsource-sink の分布で形作られる船型を考え,発生する船首波を,球状船首(球体)から発生する波と干渉させた.「簡単にして解いた」とは,そういうことであろう.つまり「本質的な部分のみを取り出し,実験し研究せよ」ということであろう.

 マイクロバブルによる摩擦抵抗低減について,先人の教えをどのように取り入れていったらよいのであろうか.まだ道なかばである

追記:この文を乾先生にお送りしたところ、次のようなコメントを頂いた.
「球状船首そのものは戦前は勿論、かなり古くからあり、特に米・テイラー水槽の名で知られる D.W.TAYLOR の著"SPEED AND POWER OF SHIPS"が有名.理論がなかった.」 .

 

参考文献

[1] 乾 崇夫他 「高速客船くれない丸における Waveless Bulb の船首波打消しに関する研究 (第3報)」造船協会論文集,Vol.110 (1961) pp.105-118
[2] Canham, H.J.S., Catchpole, J.P. and Long, R.F. “Boundary layer additives to reduce ship resistance”, Naval Architects, J. RINA, No. 2, (1971)
[3] 児玉良明「船舶の摩擦抵抗低減デバイスとしてのマイクロバブルの可能性」
日本機械学会流体工学部門ニュースレター「流れ」2003年1月号 
http://www.jsme-fed.org/newsletters/2003_1/1-1.html
[4] Kato, H., Fujii, Y., Yamaguchi, H., and Miyanaga, M. “Frictional drag reduction by injecting high-viscosity fluid into turbulent boundary layer” J. Fluids Eng. ASME, Vol. 115 (1993) pp. 206-212
[5] Guin, M.M., Kato, H., Yamaguchi, H., Maeda, M., and Miyanaga, M. “Reduction of skin friction by microbubbles and its relation with near-wall bubble concentration in a channel” J. Marine Sci. & Tech. Vol. 1, No.5 (1996) pp. 241-254
[6] Moriguchi, Y. and Kato, H. “Influence of microbubble diameter and distribution on frictional resistance reduction”, J. Marine Sci. & Tech. Vol. 7, No.2 (2002) pp. 79-85
[7] 遠藤孝久「電気分解マイクロバブルによる摩擦抵抗低減効果」東洋大学工学系研究科機能システム専攻修士論文,2008年1月
更新日:2008.4.1