流れ 2008年9月号 目次
― 特別寄稿:「紫綬褒章受章に思う―私の歩んだ流れ研究の道」 ― ― 特集テーマ:「高クヌッセン数流れ(希薄気体流れからマイクロ気体流れまで)」 ―
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ナノ構造間隔が固液界面熱抵抗に及ぼす影響
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1.はじめに
近年,表面処理技術や微細加工技術の発達にともなって,表面に数十nmのスケールの構造や物体を製作することが可能になっている.一方で,近年の分子動力学解析を用いた研究の発展によって固液界面の分子スケールの構造やエネルギー伝達の理解が進んでおり,非常に微小な系においては,固体と固体間と同様の接触熱抵抗が固体と液体の界面にも生じることが明らかにされている[1,2].しかしながら,そのようなナノスケールの構造ならびに構造物間隔によって,固液界面の巨視的な熱抵抗がどのようにどの程度変化するのかについては明らかにされていない.ナノ構造やナノ粒子を用いた様々な熱流体技術が開発されている中で,ナノ構造やナノ構造間隔が流体と固体間の熱伝導に与える影響については理論的に明らかにしておく必要があると考えられる.固液界面にナノスケールの構造物が存在する場合を考えると,ナノ構造間隔(L nm)を代表長さとすればその構造間では高クヌッセン数の状態が実現されている.本研究では,そのような界面に存在するナノ構造物あるいはその間隔によって,固液界面熱抵抗がどのように変化するか,また変化するとすればナノ構造物やその間隔によって液体分子の挙動がどのように変化して固液界面熱抵抗が変化するのかを古典分子動力学解析を用いて調べてきた[3,4,5,6].その一部を本稿で説明させていただければ幸いである.
2.ナノ構造間隔と固液界面熱抵抗の関係
ナノ構造間隔と固液界面熱抵抗の関係を非平衡古典分子動力学を用いて解析を行った.例えば,図1のような下壁面にL nm間隔でナノ構造(直方体の溝)が存在すると考えて,その構造間隔L nmのみを変化させた場合の固液界面の熱抵抗を計算した.具体的には,上下壁面に温度一定の条件を課し(Langevin法),上下壁面でのエネルギーの授受を計算することにより,系内を流れる熱流束を得ることができる.一方で,液体分子相の温度勾配ならびに固体壁面の温度から,固液界面での温度ジャンプを得ることができる.温度ジャンプを熱流束で除することにより,固液界面の熱抵抗を算出した.図2は,壁面に付着する構造物間隔Lを平均自由行程λで割った値(Knの逆数)を横軸にとり,縦軸に古典分子動力学解析で得られた固液界面の熱抵抗を縦軸にとったものである.図中の線種の違いは,液体相の密度や温度勾配の違いを示している.この図2より,界面構造物間隔Lが0(フラットな壁面)から大きくなるにつれて熱抵抗値は一旦減少し,界面構造物間隔が大きくなるにつれて再び増加することが分かる.また,界面構造間隔Lが0の場合は,L = ∞の場合と考えることもできるため,Lが大きくなるとL = 0 の値に漸近していくと考えることができる. このような界面構造間隔によって熱抵抗が変化する原因については,巨視的には,有効表面積の変化,濡れ性の変化,界面近傍の有効熱伝導率の変化などさまざまな表現ができるかもしれない.しかし,それらの巨視的な表現は微視的にはいくつもの物理要因に分解されるため,微視的な説明は容易ではない.例えば,分子スケールで有効表面積が増大すれば界面熱抵抗が下がると考えるということは,巨視的な現象のアナロジーが暗黙のうちに微視的にも成立することを仮定して説明していることになるからである.したがって,次にナノ構造間隔が液体分子挙動に与える影響について詳細に調べることで,ナノ構造間隔によって界面熱抵抗が変化する原因を調べた.
Fig.1 An example of calculation model.
Fig.2 Effects of non-dimension surface structural clearances on thermal resistance between liquid and solid in case of Lennard-Jones 12-6 potential liquid molecules.
3.ナノ構造間隔が液体分子挙動に与える影響
図3は,壁面近傍の液体分子の時間平均位置をプロットしたものであり,L = 0(フラットな壁面)ならびにL = 0.7 nmの場合を示す.いずれの場合にも液体分子の付着構造が観察されるが,L = 0 の場合にはそのような付着構造が1層であるのに対し,L = 0.7 nmの場合にはナノ構造間隔内に2層存在していることが分かる.また,壁面近傍での液体分子の挙動を調べた結果,ナノ構造間隔に存在する液体分子の滞在時間がフラットな壁面の場合と比較して長くなることが分かった.時間平均的に構造をもつ液体分子は必ずしも完全に壁面に吸着しているのではなく,熱伝導方向に自由に動くことができることも分かった.このように,ナノ構造間隔近傍では液体分子の構造化や滞在時間の増大が観察される.したがって,壁面温度一定の条件では,水分子と壁面原子間のエネルギー交換のための時間が増大するため,壁面近傍の液体分子温度がフラットな壁面の場合に比べて上昇すると考えられる.このような液体分子の微視的なダイナミックスの変化によって,界面熱抵抗がナノ構造によって変化すると考えられる.図4はSPC/Eポテンシャルを使った水分子モデルにおいて,前述同様に固液界面熱抵抗と構造間隔の関係を調べたものである.この図より,ナノ構造間隔近傍では水分子の回転温度と並進温度に非平衡性が観察されること,そのことによって回転温度と並進温度によって求めた熱抵抗値が異なること,が分かる.
Fig.3 Effects of surface structural clearances on the time averaged adhesion structures of liquid molecules in case of Lennard-Jones 12-6 potential liquid molecules.
Fig.4 Effects of nanostructural clearances on thermal resistances calculated by the rotational temperature, the translational temperature and the average temperature in case of SPC/E potential liquid molecules.
4.結 言
本稿では,ナノ構造間隔が固液界面熱抵抗に与える影響ならびにナノ構造近傍の液体分子挙動に与える影響について,古典分子動力学解析を用いて調べた結果について報告した.本稿で示した固液間の熱抵抗変化は絶対値としては非常に小さなものであるが,ナノ構造近傍では液体分子の滞在時間が変化することや水分子の並進温度と回転温度の非平衡性が存在することは非常に興味深い現象である.
謝辞
本研究は,竹内清氏(大阪大学大学院工学研究科)の協力ならびに科学研究費若手研究(A)(19686017)の援助を受けて実施したものであることを記し,謝意を深く表する.
参考文献