流れ 2023年10月号 目次
― 特集テーマ:ASME-JSME-KSME流体工学国際会議 ―
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横風に対する鉄道車両の耐力評価方法と安全な鉄道運行のためのその応用
三須 弥生
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この度は,2023年7月9日(日)~13日(木)において開催されたASME-JSME-KSME 流体工学国際会議2023 (AJK2023) において,光栄にも講演の機会を頂いた.ここに改めて御礼申し上げると共に,講演内容について紹介する.
1. 緒言
近年の鉄道の高速化と車両の軽量化,気候変動を背景とした気象現象の激甚化の中で,鉄道車両の横風に対する走行安全性の維持,向上は,鉄道分野における重要な課題の一つとなっている(1).本稿では鉄道車両の横風に対する走行安全性評価方法の基本的な考え方を確認すると共に,車両の横風に対する耐力評価手法を概説する.次に,東日本旅客鉄道(以下,「JR東日本」という.)で導入している「総研詳細式に基づく風規制手法」について述べる.
2. 鉄道車両の横風に対する走行安全性評価方法の基本的な考え方
鉄道車両の横風に対する走行安全性評価方法を大きな視点からとらえると,図1に示すように「耐力評価」と「外力評価」に分けることができ,列車運行時には耐力が外力を上回る状態を担保する必要がある.「耐力評価」は,「空気力係数の把握」と「車両の転覆限界値の計算」に分かれる.「外力評価」は,沿線に設置した風速計による常時監視(2)のほか,線路に沿った強風リスクの評価等(3)がこれにあたる.
Fig.1 Basic approach to evaluating running safety of railway vehicles against crosswinds
3. 車両の耐力評価方法
3・1 空気力係数の把握
風が車両に吹き付けた場合,風上側の面が押されるだけではなく,気体圧力や流速が変化することで,周辺全体から空気力を受ける.この空気力を正しく把握するためには,車体形状や周辺構造物を再現した風洞試験等を行う必要がある.このことは過去の事故の検証からも明らかになっている.1986年12月に発生した山陰線余部橋りょう事故,1994年2月に発生した根室本線特急おおぞら号脱線事故,三陸鉄道南リアス線列車脱線事故の事故調査の結果から,車両に働く空気力は車両形状や地上構造物形状の影響を受けること,空気力は車両に対する風向角によって異なること,その特性は先頭車と中間車で異なること等が判明した.これを受けて鉄道総研では,2001年から2004年に実物大高架橋と車両の模型実験を実施し(4),その実測と良く一致する風洞試験方法として,乱流境界層を生成する試験方法が提案されている(5), (6).図2に風洞試験の様子を示す.
Fig. 2 Wind tunnel test with models of railway vehicles and viaduct (1/40 scale model)
空気力の把握で対象とする風は,自然風の風だけでなく,図3に示すように,車両自身が走行することによって発生する風との合成風とされている.この合成風の風速と風向角を風洞試験等で再現し,車両にかかる空気力を測定する.高速走行では車両の走行による風速が大きくなるため,合成風の風向角を十分に小さくして測定する必要がある(7).風洞試験では縮尺模型を用い無次元化した空気力係数を測定する.
Fig.3 Wind targeted to understand aerodynamic forces acting on a rail vehicle
3・2 転覆限界風速の計算
車両の横風に対する耐力を評価する場合は,図4に示すようなモーメントを考える.風下側の車輪とレール接触点に対する空気力,超過遠心力等によるモーメントと車両重量によるモーメントのつり合いを考え,風上側の輪重減少率が限度とする値と等しくなる時の自然風の風速を求める.この自然風の風速を日本では転覆限界風速と呼ぶ.
Fig.4 Moments acting around the point of contact between rail and wheel on the leeward side
: Moment due to external forces like aerodynamic forces, : Moment by vehicle weight
1934年9月の室戸台風で発生した東海道本線瀬田川橋りょうでの列車脱線事故の調査において,日本で初めて転覆限界風速の計算がなされたと言われている.その後研究による改良を経て,1972年に半車両断面静的解析式である「国枝式」が発表された(8).この国枝式は実用を意識し,取扱いが容易になるよう,いくつか仮定を用いている.これらの仮定が前述の余部橋りょう事故以降の研究により見直され,さらに鉄道の高速化,車両の軽量化等を背景に,国枝式を発展させた総研詳細式が提案された(9).総研詳細式は横風による空気力と曲線通過時の超過遠心力に加え,軌道から発生する左右振動慣性力 (左右振動加速度と車体質量の積) の3つの力を考える.この総研詳細式については,欧州の高度準静的手法と比べて安全性が高いことが明らかとなっている(10).また欧州で規定されている動的解析と比較しても,合理的な評価が可能であることが示されている(11).
4. 総研詳細式に基づく風規制手法
JR東日本では,総研詳細式を用いた車両の転覆耐力評価手法と車体に働く空気力をより相関高く推定できる風観測方法を組み合わせた「総研詳細式に基づく風規制手法」を開発した(12) .本手法では,構造物や軌道,車両の条件を考慮することにより,線路に沿った転覆限界風速を計算することができる.本手法を実際の運行に適用するため,必要な計算システム(13)と20m毎の計算を可能とするデータベース(14)を構築している.これにより,強風に対する弱点箇所を把握し適切な対策を実施できる.一方,十分に耐力があると評価できた箇所では,規制風速や走行速度の向上により運行の安定性向上が可能となる.
5. 結言
本稿では鉄道車両の横風に対する走行安全性評価方法の基本的な考え方を確認すると共に,車両の横風に対する耐力評価手法を概説し,JR東日本で導入している「総研詳細式に基づく風規制手法」について紹介した.この開発の過程では,単に厳しい評価や方法を良しとするのではなく,輸送への影響や実務の簡便性を意識し,その実現性や合理性を高めた方法が開発・導入されてきたと考えている.今後とも関係の方々と協力し,安全性と安定性の向上に寄与する研究とその成果につなげていきたい.