流れ 2023年10月号 目次
― 特集テーマ:ASME-JSME-KSME流体工学国際会議 ―
| リンク一覧にもどる | |
液体ロケットインデューサにおけるキャビテーション不安定現象発生時の翼端漏れ渦キャビテーションの非定常特性
田村 浩紀 東北大学, 奈倉 悠人 東北大学, 川崎 聡 宇宙航空研究開発機構, 伊賀 由佳 東北大学 |
1. 緒言
2023年7月9日から13日に大阪で開催されたASME–JSME-KSME Joint Fluids Engineering Conference 2023において,光栄にも優秀講演表彰をいただき,さらにニュースレターとして我々の研究を紹介する機会を頂いた.この場を借りて,日本機械学会および選考委員会の皆様に御礼申し上げるとともに,講演発表内容を以下に紹介する.
液体ロケットターボポンプは高速回転(燃料ポンプであれば1分間に40000回転超)するため,その入口ではキャビテーションが常に発生することが知られている.キャビテーションによるポンプの性能低下を防ぐために,インデューサと呼ばれる軸流羽根車がターボポンプ入口に設置される.インデューサでは,翼端漏れ渦キャビテーション(tip leakage vortex cavitation; T.L.V.C.)が主に発生するが,その非定常振動によりポンプが不安定になるキャビテーション不安定現象がターボポンプ開発では問題となる.ここでT.L.V.C.とは,インデューサとケーシングの隙間に生じる漏れ流れにより発生した翼端漏れ渦の低圧部に発生するキャビテーションのことである.従来,旋回キャビテーション(1)やキャビテーションサージ(2)に代表されるキャビテーション不安定現象の研究は数多く行われてきた.著者らの研究グループでは,様々な回転数・流量で安定作動が可能なターボポンプの実現を目指し,キャビテーション不安定現象へ与えるインデューサ回転数の影響を実験的に調査した(3).その結果,キャビテーション不安定現象の非定常性に成り立つ相似則を発見したが,キャビテーションの可視化観察を行っていない.そこで本研究ではインデューサで発生するキャビテーションの様相に関わる非定常性を調査した.さらに,翼端隙間を持つねじれ単独翼を用いてT.L.V.C.を再現し,T.L.V.C.の基礎特性と比較することにより,キャビテーション不安定現象発生時のキャビティの非定常性について考察した.
2. 実験方法
2・1 インデューサを用いた実験
図1,2に,実験装置の模式図および供試インデューサをそれぞれ示す(3).本試験装置は,密閉回流式のタンネルであり,作動流体には十分に脱気した常温水を用いた.185 KWのDCモータによりインデューサは一定の回転速度で駆動され,6000 rpmで一定とした.また,試験部下流に設置された流量調整弁により,平均流量を調整する.試験流量比は0.9から1.2で0.05刻みの計7条件である.流量一定の条件下でキャビテーション不安現象が発生した際にインデューサ側面から高速度カメラによる可視化試験を実施した.フレームレートおよびシャッター速度はそれぞれ,10000 fps,1/25000 secである.また,本研究おいて,キャビテーション発生までの余裕を表す無次元数であるキャビテーション数,振動特性を表す無次元数であるキャビティ長さに基づくストローハル数はそれぞれ次式で定義される.
(1) | |
(2) |
ここで,はそれぞれ,入口圧力,飽和蒸気圧,軸流速度,周速度,非定常キャビテーションの周波数,キャビティ長さである.ここで,非定常キャビテーションの周波数は,可視化試験の結果からキャビティ長さ変動を取得し,それに対してFFT解析を行うことで得られる.可視化結果の一例が図3である(3).
Fig. 1 Schematic diagram of water cavitation tunnel test facility at Kakuda Space Center of Japan Aerospace Exploration Agency(3)
Fig. 2 Tested inducer (THK inducer)(3)
Fig.3 Example of cavity aspect arising in the inducer where .(3)
2・2 単独翼を用いた実験
実験は東北大学流体科学研究所に設置された高温高圧水キャビテーションタンネルを用いて行った(3,4).試験装置の模式図を図4示す.本試験装置は,流速を一定に保ったまま,電磁弁の開閉により圧力調整をすることが可能である.作動流体は溶存酸素量が30%の常温水である.供試体は,コード長30 mm,スパン長19.73 mmのNACA0009翼形であり,図5にその概略図を示す.本翼形は,供試体と壁面との間に0.27 mmの翼端隙間を有していることが一つの特徴である.また,本翼形は,スパン方向へねじれ形状をしており,これにより翼負圧面で発生するシートキャビテーションの抑制をしている.迎角は,翼形支持部で0°の時,翼端部では12°となるよう設計されている.さらに,翼端部において,翼圧力面と負圧面の差圧により,翼端漏れ流れが発生することで,T.L.V.C.を発生させることが可能である.実験は,翼端部における迎角を13°に保ち,主流速度4条件(10.4, 12.0, 13.4, 14.2 m/s)で主流圧力を変化させた.
Fig. 4 Schematic diagram of high-temperature and high-pressure water cavitation tunnel at Institute of Fluid Science of Tohoku University(4).
Fig. 5 Overview of NACA0009 twisted hydrofoil(3).
3. 結果
初めに,インデューサにおけるキャビテーション不安定現象発生時のT.L.V.C.の非定常特性の結果を述べる.本研究では,超同期旋回キャビテーション(super-synchronous rotating cavitation; super-S R.C.),同期旋回キャビテーション(synchronous rotating cavitation; sync R.C.),亜同期旋回キャビテーション(sub-synchronous rotating cavitation; sub-S R.C.),キャビテーションサージ(cavitation surge; C.S.)の4種類のキャビテーション不安定現象が観察された.可視化結果より得られたキャビティ長さおよび非定常キャビテーションの周波数より算出されたストローハル数の結果を図6に示す.Super-S R.C.の初生から中盤()において,はある範囲(図6青の領域)の値をとる.しかし,super-S R.C.の最後()では,に減少の傾向がみられる.また,sub-S R.C.は本研究において一点のみしか観測ができていないが,そのの値は,super-S R.C.の初生から中盤までと同程度であった.一方,C.S.発生時におけるは,の減少に伴い増加した.したがって,C.S.発生時のT.L.V.C.の非定常特性は,super-S R.C.発生時のT.L.V.C.の非定常特性と異なることが分かった.
Fig 6 Strouhal number based on cavity length of T.L.V.C. arising in the inducer.
次に,単独翼におけるT.LV.C.の非定常特性であるが,はの変化に対して一定の値を取った.ここで,単独翼に発生するシート/クラウドキャビテーションの非定常特性との比較を行う.シート/クラウドキャビテーションとは,翼前縁付近から発達するシートクラウドキャビテーションが成長し,クラウドキャビティの放出を伴う非定常キャビテーションである.Le(5), Pham(6)らは,シート/クラウドキャビテーションにおけるはの変化に対して一定であることを示している.つまり,主流速度が等しいとき,の低下に伴い,が2倍になれば,は1/2倍になるということであり,これがシート/クラウドキャビテーションにおける自然な振動特性であるとされている.本実験で観測されたT.LV.C.のは,シート/クラウドキャビテーションのの特性と一致している.
Fig. 7 Strouhal number based on cavity length of T.L.V.C. arising in NACA0009 twisted hydrofoil where .
以上の結果を踏まえて,インデューサにおけるキャビテーション不安定現象発生時のT.L.V.C.の非定常特性について考察する.初めに単独翼の試験結果より,は変化しても,が一定値を取ることが,T.L.V.C.の自然な振動特性であると仮定する.Super-S R.C.の初生から中盤において,は一定の範囲の値を取ったことより,super-S R.C.発生中のT.L.V.C.はキャビテーションとして自然な振動をしていると考えられる.同様に,sub-S R.C.のは,super-S R.C.と同程度であったことから,sub-S R.C.発生時のT.L.V.C.は自然な振動をしていると言える.しかし,super-S R.C.はが小さくなり終了したことから,T.L.V.C.が振動しにくい特性になり,別のモードへ遷移しようとすることで,super-S R.C.は終了することが示唆された.一方,C.S.のは単独翼におけるT.L.V.C.と異なる傾向を示した.以上より,super-S R.C.およびsub-S R.C.はキャビテーション自身の振動由来の不安定現象であることが分かった.また,C.S.はキャビテーション由来の不安定現象でないことが確認された.
4. 結言
本研究では,インデューサおよび翼端隙間を有するねじれ単独翼に発生するT.L.V.C.の非定常特性の調査を行った.インデューサにおいて発生した,現象発生から中ごろまでのsuper-S R.C. およびsub-S R.C.発生中のT.L.V.C.の非定常特性は,単独翼におけるT.L.V.C.の非定常特性と一致した.ゆえに,super-S R.C.およびsub-S R.C.発生時のT.L.V.C.はキャビテーションとして自然な振動をしていることが分かった.一方,super-S R.C.終了時のT.L.V.C.の非定常特性は,単独翼のものと一致しなかった.よって,super-S R.C.の最後におけるT.L.V.C.は振動しにくい特性となることが分かった.さらに,C.S.発生時のT.L.V.C.は単独翼におけるT.L.V.C.の非定常特性と異なることから,C.S.はキャビテーションの振動由来で発生する不安定現象ではないことが確認された.