流れ 2023年11月号 目次
― 特集テーマ:2023年度年次大会 ―
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多チャンネルマイクアレイを用いた乱流境界層と翼・平板結合部における乱流壁面圧力変動場の計測
江上 泰広 |
1.はじめに
感圧塗料(Pressure-Sensitive Paint: PSP)(1-6)と感温塗料(Temperature-Sensitive Paint: TSP)(1,2,7-10)は,壁面上の圧力や温度を,カメラなどを用いて光学的に計測する手法である.従来の圧力孔や熱電対などが離散的な点センサであるのに対して,PSPやTSPは塗料の中の発光色素一つ一つがセンサとして働くため,高い空間分解能で計測することができる.圧力孔などのセンサの設置が困難な微小なマイクロ流路から,実物大の飛行機や自動車まで,実に幅広い対象の計測が可能になってきている.またTSPは温度分布が計測できるだけでなく,境界層遷移や剥離などの流れの可視化や,熱流束の計測にも用いられている.本論ではPSPやTSPを用いて何がどこまで計測できるようになっているのか,皆さんにご紹介したいと思う.
2. 感圧塗料と感温塗料
2・1 感圧塗料(PSP)
感圧塗料の研究は,1980年代に米国やロシアにおいて燐光を発する物質の酸素消光現象を,航空分野の計測に応用したことを契機に開始された(1).感圧塗料は,酸素分圧(~圧力)によって発光強度や発光寿命が大きく変化する白金ポルフィリン(PtOEPやPtTFPPなど)やルテニウム錯体(Ru(dpp)3),ピレン誘導体(PBA, PSA)などの燐光物質(感圧色素)と,これらの色素を模型表面に固定する酸素透過性の高いポリマなどのバインダ物質で構成される.模型表面にPSPの薄膜を塗布する方法としては,感圧色素と酸素透過性のポリマを有機溶媒に溶解した溶液を,スプレーガンなどでスプレー塗装することが一般的である.模型表面のPSPの膜厚は通常3~20 µm程度である.PSPの圧力感度や発光強度,誤差要因となる温度依存性や光劣化率は,色素とポリマの組み合わせや調合割合によっても大きく変化する(2).
1980年代に研究が開始された当初は,大きな圧力変化が得られる遷音速や超音速域の定常流れでの計測が主であった.その後,より圧力変化の小さな低速流れへの適用や,バインダを多孔質化して時間応答性を向上させたPSPを用いた非定常計測が行われるようになった(3-6).PSPは絶対圧センサであるため圧力変動の大きな高速流れへの適用は比較的容易であるが,大気圧付近(~100kPa)の100Pa程度の微小な圧力変動によるPSPの発光強度強度は,0.1%以下と16bitカメラ(高速度カメラは12bit)のノイズと同程度になってしまうため難しい.Fig.1は多孔質バインダの模式図とSEM写真である.ポリマに微粒子を臨界顔料体積濃度以上の割合で混合すると,薄膜が多孔化する.例えば,poly(IBM)に酸化チタンを混合した場合は酸化チタンを93wt%程度混合すると空気の拡散性が向上した多孔膜が得られる(4).これによりPSPの時間応答を大幅に向上させることができる.近年では,0.5~20 µsの応答時間を持つ塗布型の高速応答PSPが開発されている(4,5). Fig.2は主流速度20 m/sにおけるカルマン渦列(Δp~±120 Pa)の時系列計測の結果である(5).さらにデータ取得後にDMDやPODなどの先進的な画像処理でノイズ除去を行うことで数Pa~数十Paの微小な圧力変動場の計測が実現可能になっている(1).
さらに低温風洞の低酸素・低温環境や,高クヌッセン流れへの適用,水中やオイル中の酸素濃度の計測など,幅広い計測対象へのPSPの応用も試みられている(1).
Fig.1 Fast-responding PSP: (a) schematic and (b) SEM image (4).
Fig.2 Kármán vortex street measured by fast-responding PSP at =20 m/s (5).
2・2 感温塗料(TSP)
感温塗料(TSP)は温度によって色素の発光強度や発光寿命が変化する温度消光(熱消光)現象を利用した温度分測法である(1).色素には酸素消光の影響の小さい蛍光を発する色素を用いることが多い.室温付近で高い温度感度を持つ代表的な色素にはルテニウム錯体(Ru(phen)3) やユーロニウム錯体(EuTTA)などがある(1,2,7).また室温域以外では,-173~0℃(100~273K)の低温域(Ru(trpy)3,Eu(hfc)3など)(1,2)や100℃以上の高温域(MFG, BAMなどの無機蛍光体) (2,9,10)など,それぞれの温度域で高い感度を有する色素を選択して使用する.これらの感温色素は酸素透過性の低いアクリル樹脂(PMMA)やポリアクリル酸(PAA),ポリウレタン樹脂などのポリマに溶解し,模型上に薄膜を形成する.高温域では,耐熱性の高いシリカやアルミナなどのセラミックベースのバインダが使用されている.
TSPは温度分布を計測する以外にも,境界層遷移の可視化にも使用されている(8).Fig.3は大型低温風洞ETWでTSPを用いて計測された翼上の境界層遷移の可視化の結果である.層流域,乱流域,縦渦などが明瞭に可視化されている.時間応答性もミリ秒オーダーと早いため境界層遷移の揺らぎなど非定常現象の計測も可能である.特に赤外線カメラの使用が難しい低温風洞や水中での計測におけるTSPの有用性が報告されている(1).可視光を計測するので,通常の高速度カメラや,レンズ,光学窓が使用できるのも利点である.またTSPの膜厚を薄くすることで,熱電対と同等の時間応答性が得られるため,熱流束の計測などにも用いられている(1).
Fig. 3 Detection of boundary layer transition by TSP in a cryogenic wind tunnel (8)
3. 結語
本稿では,PSPとTSPの概略について紹介した.興味を持っていざ始めようとするとパッケージ販売されているPSPやTSPがあまりなく,化学薬品を自分たちで調合したりスプレー塗装したりする必要があるなど,やや敷居が高く思われる方もいらっしゃるかもしれない.しかし簡易的にとりあえずサンプルを作成する方法もあり,PIVなどで使用している光源やカメラを流用することもできるため,興味を持たれた方は是非気軽にご相談いただきたい.私どももより使いやすいセンサの開発や高精度な計測方法の開発により一層努めていきたいと考えている.