流れ 2023年11月号 目次
― 特集テーマ:2023年度年次大会 ―
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フレキシブルシートセンサを用いた流れセンシング
元祐 昌廣 |
1. はじめに
本稿では,著者らの研究グループで近年開発を進めている,フレキシブルシートセンサを用いた流れセンシングについて,その原理と製作例,計測事例について紹介する.
近年,様々な先進的な光学的流体センシング手法が開発されており,流体現象の速度分布などのデータを取得できるようになっているが,光学アクセスが必要なため適用先は限定される場合も多く,実際に計測される流動場は実際にその流れを知りたい場ではなく風洞やチャンバーなど,流体計測用にあつらえた場となることも少なくない.また,光学的手法は壁面での反射などの影響のために壁面付近の計測に不適であるという短所がある.そのため,壁面近傍の流れを計測でき,かつ実際の計測対象に適用できるセンシング手法が求められる.
著者らは,0.1 mm未満の極薄で,かつフレキシブルなために曲面にも設置可能なMEMSフローセンサを開発している[1].本センサは薄く柔軟であり,かつ気液どちらも測定可能なため,実際に流れ場を知りたい場所に直接貼り付けることができる.
2. センシング原理
本研究では,熱線流速計や熱膜センサと同様,熱式原理[2]を用いて壁面近傍流れを計測している.加熱面上に流れがある場合,壁からの熱移動が壁面上部の流れと相関を持つ,という関係性を利用する.図1に示すように,壁面上のマイクロヒータが加熱され,流れにより熱が移動する現象を考えると,熱伝達の程度を表す無次元数であるNusselt数Nuは以下の式で表される.
(1) |
ここでReはReynolds数,PrはPrandtl数であり,代表速度は主流流速,代表長さは壁面端部からの距離とする場合が多い.MEMSフローセンサの場合,センサ上に設置したマイクロヒータが壁面となるため,全面加熱の条件を満たさず,また,センサ本体への熱損失も存在するため色々と条件は異なるが,式(1)のNuとReの関係はおおよそ成立し,ヒータから流体へと移動する熱流束をqとすると,代表速度uとの間に
(2) |
の関係が存在する.実際には,製作したセンサを既知流速の校正用風洞などを用いて流速(あるいは壁面せん断応力)とセンサ出力との関係を表す校正関数を取得しておき,実計測の場ではこの校正関数を用いる.シートセンサは隙間流れへ適用される場合も多く,その場合には主流流速を用いた校正が意味をなさないため,壁面せん断応力を用いて評価する方が都合が良いことも多い.
Fig. 1 Principle of MEMS-based thermal flow sensor.
流速,あるいは壁面せん断応力は上記手法で計測することができるが,シートセンサを適用したい曲面上では流れのはく離が見られることもあり,その場合には流速情報以外に流れの向きの情報も有用となる.そのため,本研究では流速(壁面せん断応力)と流れ角を同時に計測できるセンサを開発している.流れ角を測定するためには,マイクロヒータの周囲に流れ方向検出用の抵抗体を複数設置する.ここで上流側の温度をTu,下流側の温度をTdとすると,流れがない状態ではTu = Tdとなるが,流れがあるとヒータの温度分布が下流側に歪むため両者の温度差(Tu - Td)はTu > Tdと変化する.温度が変化すると抵抗体の抵抗が変化するため,上下流抵抗体の抵抗値の差を検知することで流れの向きを知ることができる.
3. 3次元はく離検出のへの応用
本研究で製作したシートセンサの写真を図2に示す.膜厚25 μmのポリイミドフィルム上に金属薄膜(Cr 10nm,Au 100 nm)のパターンが成膜されており,中央に直径1 mmのマイクロヒータがあり,その周辺に6個の温度センサを有する.ヒータサイズや温度センサの個数や形状は数値シミュレーションでセンサの感度が最も高くなるよう最適設計されている.このシートセンサは非常に薄いため,曲面に設置することが可能であり,信号伝送用FPC(flexible printed circuit)と接続することで検知部と伝送部の全体をフレキシブルにすることができる.温度センサは対向する2個が1対となっており,この抵抗値の差分をWheatstoneブリッジで検出する.
Fig. 2 Developed flexible flow sensor. |
このセンサの特性は,高さ10 mmの吹き出し型風洞を用いて取得した.センサは図3に示す風洞壁面に面一で貼り付けられており,流れに対する角度を自由に変えることができる.主流流速を30 m/sから150 m/sまで変化させて実験を行い,ヒータ出力との関係を得た.結果として,ヒータ出力は壁面せん断応力(Preston管を用いて同時に取得)の1/3に比例し,市販の熱膜センサと同等の関係が得られた.また,流れ角と温度センサ対の出力はおおよそ正弦関数的に変化する様子を示しており(図中プロットの色はそれぞれの温度センサ対を表す),角度依存性は異なる流速ではその振幅のみが変わるため,各センサ対から得られた3出力を,振幅をフィッティング関数とすることで,流速に依存せずに流れ角を求めることができる.
Fig. 3 A picture of wind tunnel (top), relationship between heater output and wall shear stress (left), and relationship between three outputs from temperature sensor pairs and flow angle (right). |
本センサは主流流速200 m/s下でも剥がれることなく使えることを確認しており,亜音速流れに広く適用できる.また,実機へも適用し,軸流圧縮機のケーシング部に複数のセンサを取り付けてはく離検出を実施している[3].
4. 発汗量センサーへの応用
小型で薄型の流れセンサーは機械分野以外にも応用先があり,ここではその柔軟性を利用し,ウェアラブルセンサとして発汗量の計測を試みた事例を紹介する.近年,パーソナルヘルスケアの概念が強調されつつあり,「病気をいかに治すか」から「いかに病気にかからない健康体を維持するか」が重視されている.そのため,日常体調管理がますます重要になっており,様々なウェアラブルセンサが開発されている.汗は疲労やストレス,病気の指標となり得ることが指摘されており,継続的なな汗モニタリングは多くの分野で期待されている.
図4に試作した発汗モニタリング用センサの外観を示す.ポリイミドフィルム上に約150 μm角のマイクロヒータ(Cr 12 nm,Au 88 nm)のパターンを製作して薄い樹脂でコーティングを施し,その上に幅200 μmのPDMS(polydimethylsiloxane)製のマイクロ流路を貼り付けている.シートセンサだけでなく流路も柔らかな素材を用いているため,全体として柔軟な構造であり,身体の様々な場所に貼り付けることが可能である.センサ全体は医療用のテープで皮膚に固定され,汗腺からの汗をマイクロ流路に導き,流速に対応した熱損失を検出する.発汗量センサ内の流れは層流ではく離することはないため,マイクロヒータのみで十分である.また,本センサにおいても数値シミュレーションで事前にヒータ形状やPDMSの厚みなどは最適設計を行っている.
Fig. 4 Developed flexible sensor for perspiration monitoring. |
また,ヒト皮膚に貼り付けて使う場合,気温や体温が異なるため,流路の近くに周囲環境用の温度センサを設けている.センサの構造上,皮膚と外部空気との1次元熱伝導がほぼ完全に実現されるため,環境温度センサと非加熱時のマイクロヒータの温度はほぼ等しくなる.図5にヒータ温度と環境温度センサの温度の測定結果を示す.マイクロヒータは定電圧駆動(等熱流束加熱条件)とし,センサを22 ºC,32 ºCと異なる環境温度下に設置し,シリンジポンプを用いて0.1〜10 μL/minまで流量を変化させている.流量が増加するについてヒータ温度(Th22,Th32)は徐々に低下しており,環境温度(Tref22,Tref32)は流路外にあるため一定値を示す.図5右のように両者の差は1本の曲線上に乗ることが確認され,この曲線を校正曲線として用いることで,ヒータ温度と環境温度の差を検知することでマイクロ流路内の流量,すなわち発汗量を決定することができる.現在,運動中のヒトに貼り付けて発汗量測定を実施中であり,他に開発している汗成分センサ[4]と組み合わせて複合情報を身体から取得するスマートヘルスケアに向けた実証を行っている.
Fig. 5 Performance of temperature compensation. Temperatures of reference sensor and microheater under different flow rate (left) and temperature difference (right). |
5 おわりに
本稿では,筆者の研究グループで開発を進めている柔軟かつ薄型の流れセンサーについて解説した.熱線や熱膜を用いた流れセンサは従来から存在しているが,多様な場に積極的に適用することはそう簡単ではない.我々は,実際のニーズに合わせて複数のフレキシブルフローセンサを開発しており,微細加工を用いてその特徴を活かしたアプリケーションにつながっていると考えている.「やわらかなセンサ」は色々なシーンで使うことができるため,今後も様々な計測ニーズに合わせて開発を進めたいと考えている.
最後になりましたが,年次大会の場で発表の機会をいただき,さらにニュースレターでも報告させていただく機会を与えていただきました.関係各位には感謝します.ありがとうございます.