流れ 2023年11月号 目次
― 特集テーマ:2023年度年次大会 ―
| リンク一覧にもどる | |
MEMS差圧センサを用いた流れ計測
高橋 英俊 慶應義塾大学 |
岸本 卓大 慶應義塾大学 |
小原 慧 慶應義塾大学 |
嶋田 恭大 慶應義塾大学 |
はじめに
本記事は,2023年度日本機械学会年会にて開催されたEFDワークショップでの講演内容を僭越ながらニュースレターという形で執筆させて頂きます.まずは,ニュースレター執筆の貴重な機会を与えてくださった筑波大学の金川哲也先生をはじめ,流体工学部門の広報委員の方々に感謝申し上げます.また,九州工業大学の渕脇正樹先生をはじめ,ワークショップでの講演の機会をご提供くださったワークショップのコーディネータの先生方にも併せて感謝申し上げます.
MEMS差圧センサとその応用について
差圧センサは,高橋が東京大学大学院で博士課程学生の時,下山勲先生のもと,チョウの羽ばたき運動時の翅の上下の圧力差を計測するために研究開発したものになります.具体的なチョウとして,翼長・体重が約50 mm,500 mg程度のクロアゲハを計測対象としました.センサの要求仕様として,クロアゲハに対して十分に小さく軽い必要があり,また翼面荷重は1 Pa程度であり,その1/10である0.1 Pa以下の圧力差分解能が求められました.そのため,変形しやすい構造としてカンチレバー構造を,高感度でノイズに強いピエゾ抵抗を利用したセンサ素子を開発しました(1).チップサイズは1.0 mm × 1.0 mm × 0.3 mmの大きさ,カンチレバーのサイズは100 μm × 100 μm × 0.3 μmで,圧力分解能0.02 Paの圧力分解能を実現しました(図1(a)).またカンチレバーの共振周波数は10 kHz以上であり,チョウの羽ばたき周波数に対して十分に高いものでした.このセンサチップをフレキシブル配線を利用してクロアゲハの翼面に貼り付け(図1(b)),直径50 μmの金線を用いて有線で離陸時の圧力差を計測しました.そして,打ち下ろしと打ち上げの運動に応じて±10 Paの圧力差が発生していることが分かった,というのが博士論文の内容でした(2).
もともとはチョウの翼面の圧力差計測のために設計製作した差圧センサでしたが,チョウの翼面に取り付けるという特殊な条件を満たすために,高感度・小型・壊れにくいという特徴になっていました.そのため,チョウに取り付けて計測するという当初の目的以外にも様々な用途にも展開することができました.例えば,製作した差圧センサの空気チャンバを片側に取り付けることで,大気とチャンバ間の圧力差を計測するセンサとなりました.カンチレバー周囲から空気が微小に漏れるため,機械的なハイパスフィルタがあるセンサとして機能します(3).この大気圧変化センサは,差圧センサ素子の圧力差分解能を有するため,高度計や火山噴火時の空気の低周波数振動をモニタリングする空振センサ(4)などに応用できるか研究しています(図1(c)).
また,流れの全圧と静圧の差分を計測することで流速を計測するピトー管の差圧センサ素子としても差圧センサを利用しています.差圧センサをピトー管の筐体内に入れることで,小型で高感度の風速センサとなります(5).さらに単純なピトー管だけでなく,球筐体に複数の孔を設けて,それぞれの孔の圧力差を複数の差圧センサ素子を用いることで,風速だけでなく風向を計測可能なセンサにも展開しています(6)(図1(d)).
Fig. 1 Photographs of (a) the developed differential pressure sensor(1), (b) the butterfly with the sensor chip(2), (c) the atmospheric pressure change sensor(4), (d) the compact airflow sensor(6).
新しいセンサの研究開発
講演では,上記のMEMS差圧センサ以外にも,海中でのバイオロギングのための流速センサを紹介させていただきました.ウミガメの背中に取り付け,遊泳中の対水速度を計測するようなピトー管型の流速センサとなっています.その特徴として,気中と海中を行き来するため,ピトー管の管内に気泡が入らないこと,100 m以上の深い海中に潜ってもセンサが壊れないことを要求仕様として,管内に非圧縮流体であるシリコンオイルを密閉し,管の孔をシリコーンゴムを塞いだ構造としました(7)(図2(a)).新江ノ島水族館のご協力のもと,実際のアオウミガメに製作したセンサとロガーを取り付け,遊泳中の対水速度を計測できることを確かめました(8)(図2(b)).また,この水中流速センサは,海中のバイオロギングだけでなく,生け簀の海流モニタリングに応用できないかと現在研究しているところです.
さらに,講演では時間の都合上割愛させていただきましたが,流れを計測するセンサ製作プロセスについても,研究しています.例えば,近年注目されているレーザ誘起グラフェンをセンサ素子として用いることで,簡単に流速センサを製作できることを示しました(9)(図2(c)).新しいセンサを研究開発するためには,このような新しい技術を常に取り入れて試行錯誤していくことが重要であると考えています.
Fig. 2 Photographs of (a) the developed Pitot-tube type waterflow sensor (7), (b) the sea turtle with the sensor(8), (c) the LIG based wind velocity sensor(9).
おわりに
流れ計測のため,様々な計測原理を用いて,多くのセンサが研究開発されております.ここでは,チョウの翼面の羽ばたき運動中の圧力差計測や,ウミガメの遊泳中の対水速度計測など,生物流体まわりの計測のためのセンサ開発を紹介させていただきました.生物流体を計測するためには,多くの厳しい要求仕様があるため,研究開発されたセンサは他にも工学的に応用できることが多く,今後も生物流体の計測とその応用に力を注いでいければと思っております.