流れ 2007年12月号 目次
― 特集: 大気圧プラズマ流 ― I:低温プラズマ流 1-(1). 大気圧プラズマ流の研究動向と医療分野への展開 II:熱プラズマ流 1-(6). 水プラズマによる廃棄物処理プロセス ― ASME/JSME合同流体工学会議報告 ― 2. 第5回ASME/JSME合同流体工学会議報告 編集後記 | リンク一覧にもどる | |
DBDプラズマアクチュエータ
-バリア放電を利用した新しい流体制御技術
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最近,放電により生成されるプラズマを利用した流体制御技術(プラズマアクチュエータ)が大きな注目を集めている.これまで,翼の剥離などの流れ場の制御に用いられてきたフラップやボルテックスジェネレータといった機械的デバイスは,機器の複雑さ,エネルギ効率などといった課題を抱えており,これらに替わる新しい流体制御法の開発が待たれていた.最近、ジェット噴射,MEMSを用いたマイクロデバイス,ピエゾ素子などを用いたシンセティックジェットといった新しい流体制御法が提案されている.ここで紹介するプラズマアクチュエータは,このような流体制御デバイスに比べていくつものアドバンテージを持っており,その研究はここ数年盛んになってきた.
プラズマアクチュエータといっても,低圧雰囲気下をターゲットとしてグロー放電を用いるもの1, 2やアーク放電によるもの3, 4など,利用するプラズマ発生原理などに応じ種々のプラズマ流体制御手法が提案されており,それぞれ有効性が示されている.その中でも特に誘電体バリア放電(dielectric barrier discharge: DBD)を用いたものに注目が集まっており,最近プラズマアクチュエータというとこれを指すことが多い.本稿ではDBDを用いたプラズマアクチュエータに関して,特に実用的な観点から開発の現状と今後の展望について述べる.スペースの都合と著者の知識不足から紹介できない研究情報も少なくないことを予めご了解いただきたい.
なお,出来る限り文献を紹介したいと考え,大切なものを太字として本文中に,それも含めた文献情報を執筆者の研究室ウェブサイト(http://flab.eng.isas.jaxa.jp/dbd)に置かせていただくので,そちらを参照されたい.
基本的な構造と原理もっとも広く用いられているプラズマアクチュエータは二枚の電極とその間に挟まれた誘電体層よりなる非常にシンプルな構造をしている(図1参照).図に示されるように,上側の電極は気流にさらされ,もう一方の電極は誘電体によって物体表面に埋め込まれており気流には直接接触しない.この電極間に高圧の交流電圧を印加することによって,上側電極と誘電体に挟まれた部分で放電が生じ,これによって上側電極から下側電極方向への流れを誘起する.電極に印加される電圧は数kV, 数kHzであり,これらは電極配置や誘電体の材質に依存するパラメータである.放電時は図2の(1)や(2)にあるように肉眼では青紫色のプラズマが発生していることが確かめられる.このタイプのプラズマアクチュエータは片側の電極のみ誘電体で覆われており,single dielectric barrier discharge を利用していることから,これをSDBDプラズマアクチュエータと呼んでいる.実際の流体現象への適用においては,これらのプラズマアクチュエータユニットの位置・数や主流に対する方向を変えることによって,生成される体積力および速度場を変化させることができる.
図1 Schematic illustration of SDBD plasma actuator.
(1) Leading edge of three dimensional wing 35 | (2) Nose of ogive cylinder 29 |
図2 Photograph of the glow from the ionized air created by the plasma actuators. |
SDBDプラズマアクチュエータが流体制御デバイスとして優れている点として下記の特徴が挙げられる.
- 完全に電気的に駆動され,可動部分を持たない.また非常に軽量である
- 利用電力が低い
- 非常に薄いため,空力的な影響が小さい
- 駆動が非常に高速であり,入力に対する追従性が優れている
- MEMSデバイスなどに比べてモデル化しやすく,制御システム全体が設計しやすい
誘電体バリア放電は無声放電ともいわれ,熱的に非平衡なプラズマを得る放電プラズマ形式として比較的古くから利用されてきている.代表的な利用例としては殺菌などに用いられるオゾン発生装置(オゾナイザ)がある.これによって生成されるプラズマは室温で高い化学反応性を示すことから,プラズマプロセスなどの分野などでも利用例が多い.そのため放電の物理については様々な領域で研究が進められている5, 6.
プラズマアクチュエータに用いられているSDBDにおいては,交流電圧を印加したとき,露出電極の電位の正負によって放電の特性が異なることが特徴的である.図3はEnloeら7により解析された放電時の電荷の移動の解釈であるが,(1)の露出電極電位が低下するときは電極から電荷が放出され,これが誘電体表面に留まる.これらの電荷は露出電極周囲の電場を弱め放電を抑制する働きを持つため,放電はアークとならず自己制限性を持つ.逆に(2)のように露出電極の電位が上昇する場合も,放電は誘電体表面にある電荷の量に制限される.SDBDが大気圧下で大きな放電体積を安定に保持できるのはこのようなメカニズムによるものであり,これがSDBDプラズマアクチュエータの優れた特性の要因となっている.
(1) negative going | (2) positive going |
図3 Mechanism of self-limiting dielectric barrier discharge7. |
DBDによって周囲の流体を駆動するメカニズムについては現在活発な研究が行われている 8-13.誘起流れを生む基本的なメカニズムは,露出側と被覆側が存在することで生ずる荷電粒子と電界のアンバランスにより生ずるイオンの挙動であると考えられており,実験および数値計算両面から放電現象についての解析が進められている14, 15 .しかし,得られる誘起流れの特性を知るためには単純なDBDにおけるナノ秒オーダーのマイクロディスチャージ によって生成された荷電粒子の移動のみではなくACサイクル中の電極上のプラズマ体積や移動速度を考慮に入れる必要があることが報告されている16, 17.
最近の研究では,交流電圧を常に印加し続けるのではなく,オン・オフを適当な比率で繰り返す(バースト波の利用)ことで効果が増大することも確認されているが,こういった事実と流体現象との関連は未だ明らかにされていない.
技術の現状(代表的な応用例と研究機関を含む) -世界と日本SDBDプラズマアクチュエータが適用された代表的な問題は低速大迎角流の剥離抑制である.この分野において活発に研究を行っているグループとしては,米国ノートルダム大学のCorke教授を中心とするチームやアメリカ空軍アカデミーのグループが挙げられる.彼らは初期からプラズマアクチュエータの開発とその応用に取り組み,これまでにすぐれた成果を挙げている.比較的早くにプラズマアクチュエータの可能性を示した代表的な例として,二次元翼型における剥離抑制の試み18, 19がある.この研究ではプラズマアクチュエータを模型前縁に設置することによって翼面上の流れの剥離を大幅に遅らせることに成功した.これによるCLmaxおよび失速迎角の向上は顕著であり,これらの結果によってプラズマアクチュエータに注目が集まるようになったとも言える.初期にはテネシー大学のRothらによっても同様の研究がなされている20.参考に,筆者(藤井)の研究室において最近行われた翼流れに対するSDBDプラズマアクチュエータの効果を図4,図5に示す.アクチュエータを駆動することで翼面からの大きな剥離がおさまっているのがわかる.
図4 Setting of plasma actuators near the leading edge of a NACA0015 wing35.
図5 Photographs of visualized flow around the airfoil with plasma actuator off (left) and on (right) for α=12 deg and Rec = 4.4×104 35.
ノートルダム大学では,その後もさまざまな応用を試みており,ヘリコプタロータブレードにおけるdynamic stallの抑制,low pressure turbineにおけるタービンブレード背面での剥離抑制など21-25の成果がある.これらの成功によって,プラズマアクチュエータは単純な二次元の層流剥離制御に対しては十分な性能を持つことが確かめられたと言ってよい.
現在,研究対象は航空機においてはより実機に近い部分に移ってきている.一例としては主翼のフラップ・エルロンをプラズマアクチュエータで置き換える試みがなされている26, 27.空気力の制御以外の観点でも,フィードバック波動の抑制28などへの挑戦がはじまっている.
日本における研究もここ数年急速に進みつつある.筆者の一人(松野)はノートルダム大学滞在時の研究を発展させ,鳥取大学において3次元の剥離流の制御を進めており,航空機前胴に生じる渦の制御による空力特性制御に成功している26 ,29, 30.図6はプラズマアクチュエータによる渦の移動を可視化した例である.別の筆者(藤井ら)は比較的早くからプラズマアクチュエータの応用可能性について数値解析による研究を進めてきた31 ,32.実験面では,田中ら東芝の研究グループとの連携によって翼面圧力分布の計測など基礎的なデータの取得33, 34を進めるとともに,小型低速風洞において翼面剥離におけるバースト発振の周波数,バースト比率などの効果を評価し,流体現象との関連を調べている35.
a) Plasma actuator off | b) Plasma actuator on |
図6 Flow visualization of the forebody vortices at U=9.22 m/s (Re = 0.5x105). At these conditions, the vortex on the actuator side reattached when the actuator was on, thereby creating a negative side force29 30. |
山口大学においてもプラズマアクチュエータによる翼型の剥離抑制が試みられている36, 37.プラズマアクチュエータの駆動機構や放電原理に関しては,JAXA/ISASの安部教授や名古屋大学の佐宗教授のグループ38, 39が興味深い成果を報告している.そのほか,産総研・東北大学などにおいても研究が始まっており40, 41,日本国内においても非常にホットな研究対象となっている.
実用への課題現時点では,プラズマアクチュエータは研究室レベルでの有効性が示された段階であり,実用化に向けてはまだ様々な課題がある.流体制御性能に関しては,適用可能性を調査された条件が主に大気圧下の低速流に限られており,より広い条件での性能評価が望まれている.とくに実用流れへの適用を意識する際には,より“強い”流れ,すなわち高い動圧流れに対するプラズマアクチュエータの有効性を高めることが実用上の鍵となると考えられる.
動圧の上昇とも関係するが,高速流においてはSDBDプラズマアクチュエータを用いた流れ制御は現在のところ特筆するに値する結果が得られていない.現在この分野では,雰囲気圧力や組成の変化によるSDBDの効率や発生する空気力に関していくつかの研究がなされている11, 38.また超音速流中での衝撃波の位置制御に関しては現在適用可能性調査が行われているところである 42.
誘電体に妨げられ流れる電流はわずかであり,実験室レベルでは数ワットから数十ワット(せいぜい蛍光灯一本分)程度である点もプラズマアクチュエータの利点の1つであるが,高電圧,高周波を必要とすることには注意が必要である.流体工学から離れて工業的・技術的な観点から見た場合,電源部・電源ケーブルやアクチュエータ本体が周囲に与える電磁干渉の評価が必要である.そのほか,安全性評価やアクチュエータ自体の耐久性および耐候性についても考慮する必要があろう.更に付け加えれば,プラズマアクチュエータはこれまでの流体制御デバイスとは駆動原理が全く異なるため,技術的に実用化段階に達した場合においても,製品に使用されるまでには設計規約・関係法令のハードルが高いことが予想される.
しかし,プラズマアクチュエータの性能は今までの流体制御デバイスとは全く異なり,流体制御・空力設計のパラダイムを変える能力を持つ可能性を秘めている.上記した問題点は全く新しい技術には必ずついてまわる障壁であり,開発が進むにつれ実用化への道を加速度的に進んでいくことが期待される.
現状のまとめプラズマアクチュエータの研究は,実問題へのアプリケーションという観点からは,現時点で可能性調査や性能実証試験の段階を脱しつつある.流体制御に対しては非常に多くの利点を持つためきわめて有望なデバイスであるが,アクチュエータの形状・設置や駆動において自由度が極めて高いため,流れを誘起するメカニズムの解明を含め最適化を進める必要がある.
基本的なプラズマ現象を支配しているのはナノ秒オーダーに近い時間スケールで変化する荷電粒子の振る舞い,そして電界の変化であるが,これによって起こる瞬間的な誘起流れ,さらに制御につながる主流の流れとの関連など,バースト周波数やデューティサイクル(バースト)の効果があることからもわかるように時間スケールの異なる様々な現象が特性を決定しておりまだ不明な点も多い.今後,詳細の現象論を詰めることで,より効率的なアクチュエータ機構が解明されていくことが期待される.
最後に,この記事を書くにあたって,東芝の研究グループ,JAXA/ISAS大山助教,執筆者の研究室の学生諸君らの協力を得たことを付記してまとめとしたい.
参考文献
* その他の文献は「はじめに」に記載されているウェブサイトを参照のこと
( 7) | Enloe, C. L., McLaughlin, T. E., VanDyken, R. D., Kachner, K. D., Jumper, E. J. and Corke, T. C., Mechanisms and Responses of a Single Dielectric Barrier Plasma Actuator: Plasma Morphology, AIAA Journal, Vol. 42, No.3 (2004), pp. 589-594. |
(19) | Post, M. L. and Corke, T. C., Separation Control on High Angle of Attack Airfoil Using Plasma Actuators, AIAA Journal, Vol. 42, No.11 (2004), pp. 2177-2184. |
(26) | Nelson, R. C., Corke, T. C., He, C., Othman, H., Matsuno, T., Patel, M. P. and Ng, T. T., Modification of the Flow Structure over a UAV Wing for Roll Control, AIAA Paper 2007-884(2007). |
(30) | Matsuno, T., Kawazoe, H., and Nelson, R. C., Aerodynamic Control of High Performance Aircraft Using Plasma Actuators, Proceedings of the 2007 JSASS-KSAS Joint International Symposium on Aerospace Engineering(2007), pp. 44-47. |
(32) | 椿野大輔, 田中義輝, 藤井孝藏,プラズマアクチュエータを用いた翼前縁剥離の制御における位置及び個数の影響,日本機械学会論文集B編, 第73巻727号, No. 06-0718 (2007), pp. 663-669. |
(35) | 二宮由光,藤井孝藏,プラズマアクチュエータを用いた失速制御における周波数の影響,第45回飛行機シンポジウム講演集,1F1(2007). |