流れ 2007年12月号 目次
― 特集: 大気圧プラズマ流 ― I:低温プラズマ流 1-(1). 大気圧プラズマ流の研究動向と医療分野への展開 II:熱プラズマ流 1-(6). 水プラズマによる廃棄物処理プロセス ― ASME/JSME合同流体工学会議報告 ― 2. 第5回ASME/JSME合同流体工学会議報告 編集後記 | リンク一覧にもどる | |
水プラズマによる廃棄物処理プロセス
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大気中に放出されたフロンによるオゾン層破壊は地球規模での環境問題であることから,UNEP(国連環境計画,http://www.unep.org/)が中心となって国際的な対策の枠組みが検討され,先進国では1995年に特定フロンは生産中止となり,現在は代替フロンへの切り替えが進められている.しかし,冷媒や断熱材等として使用されている特定フロンは地球上に大量に残存しているという問題がある.また,代替フロンはオゾン層への影響は少ないが,地球温暖化係数が高いことも問題となっている.今後はオゾン層保護のみならず地球温暖化防止への対応のために,フロン等の適正な回収・分解を進めることが必要となる.モントリオール議定書の締約国において,適切なフロンの分解技術として認定された「認定技術」は,プラズマ法,燃焼法,セメントキルン法,酸素-水素炎法である.このうちプラズマによるフロン分解法としては,アーク放電,マイクロ波放電,コロナ放電を用いる方法が実用化されている.特に,水プラズマを用いてフロンを分解する方法は,化学的にも経済的にも最適であると考えられる.例えばCFC11(CCl3F)を水プラズマで分解するときの全体の反応は以下の通りである.
CCl3F + 2H2O → CO2 + 3HCl + HF (1)
水蒸気がない場合には,CCl2F2やCClF3などの生成を起こす不均化反応,C2Cl3FやC2Cl3F3などの生成を起こす二量化反応等が起き,さらにすすが生成することも確認されている.水プラズマを用いる利点はこれらの副反応を抑制できることである.また,分解生成物である塩化水素やフッ化水素は,プラズマトーチ下流に設置した冷却管においてガス流を水冷・洗浄することによって水(またはアルカリ水溶液)で吸収する.そのあとスクラバにて洗浄して,排ガスとして系外に排出される.なお,分解ガスを水中に直接通すことによって,分解ガスを80℃程度にまで一気に冷却できるので,ダイオキシン類の再合成を抑制することができる.
本稿ではプラズマガスとして水蒸気のみを用いた大気圧下の直流放電によるプラズマ発生方法,水プラズマによるHFC類の分解および分解生成物の回収について解説する.
2.熱力学的検討(1)
水プラズマ中での分解生成物を熱力学的観点から予測するため,ギブスの自由エネルギー最小化法により平衡計算を行った.ただし,プラズマを用いた化学反応は熱力学的に平衡にならない場合がある.特にプラズマ中での短い時間での分解反応や,分解生成物を下流で急冷する場合には平衡組成からずれる可能性があるが,反応挙動や分解生成物を大まかに捉えるためには有効な方法である.
図1に水プラズマの平衡組成を示す.水は2,000 K以上になると解離し,8,500K以上になると電離したH原子とO原子が顕著に現れてくることが分かる.なお,OH,O2,H2は,3,000 Kから4,000Kの間で極大値を持つ.フロン類の分解では,高温で生成するH原子とO原子が副生成物の抑制において重要な役割をする.
図1 水プラズマの平衡組成
次にHFC134aの分解によって生成する化学種を平衡計算によって検討する.まず図2にHFC134aの熱分解を示す.熱分解の主生成物は炭素,フッ化水素,ならびにフロン14(CF4)である.つまりHFC134aを単に熱分解するだけでは,地球温暖化係数が6,500であるフロン14を生成してしまうことになる.HFC134aを水プラズマによって分解したときの平衡組成を図3に示す.常温から3,500 Kにかけては,HFが最も安定した化合物である.HFC134aを熱分解するときに生成するフロン14は,どの温度域でも生成されないことが分かる.これは水の添加によって,フッ素と炭素の再結合による副生成物を抑えられるためである.なお3,000 K以下になるとCO2が安定して存在する.1,000 K以上になるとCOが安定して存在し,COが増加するとCO2が減少する.
図2 HFC134aの熱分解の平衡組成
図3 水プラズマによるHFC134a分解の平衡組成
3. 水プラズマの発生方法(2)
本研究で開発した水プラズマ発生装置では陰極にハフニウムを用いており,強い酸化性の高温の水蒸気でも長時間の耐久性を有している.アノードは銅製で,冷却水タンク上部まで伸びており,吸湿材によって冷却水がトーチ上部まで吸い上げられている.アークによって発生した熱は主に陽極を伝わって冷却水を加熱し,吸湿材と通じて陽極に達した冷却水がそのままプラズマガスとなり,図4に示したように水プラズマを定常的に発生する.
図4 直流放電による水プラズマトーチ
直流放電アークは被加熱物質を短時間で高温にすることができるため,高温のみで進行する化学反応などの高温熱源として利用されている.通常の直流放電アークでは電極を保護するために冷却水を用いているが,冷却水に熱が大量に逃げてしまうために,アーク発生の効率が悪くなってしまう.そこで,通常は外部に捨てる冷却水を直接放電領域に吹き込み,プラズマガスとして使用することが本装置の特長である.この方式によって,プラズマガス用のボンベが不要となり,さらに冷却水による熱損失がなくなるため,90%以上の高いエネルギー効率を得ることができる.
4. HFC分解(3-9)
図5に水プラズマによるフロン類分解装置を示す.この装置は水プラズマ発生用トーチ,フロン分解用反応器,分解ガス吸収部を有している.代替フロンの一つであるHFC134aを分解対象ガスとして実験を行った.発生した高温の水プラズマは反応部においてHFC134aガスと直ちに反応,分解し,CF4生成等の再結合反応を起こさずに急冷され,分解ガス吸収部(アルカリ水溶液)に吸収されて回収される.この吸収液を中和滴定し,排ガスをガスクロマトグラフィー,質量分析器で測定することによって,HFC134aの分解率と回収率を測定した.
図5 水プラズマによるフロン類分解装置
中和滴定によって吸収液中のフッ素の回収率を測定した結果を図6に示す.プラズマ入力に対するHFC134aの供給流量が回収率や分解率に大きな影響を与えるが,今回行った実験の範囲では0.43 mmol/kJまでは,分解後の排ガス中に未分解のHFC134aおよびCF4等の再結合フロン類は検出されなかった.この条件ではHFC134aは99.9%以上分解され,フッ素をフッ酸として回収できたものと考えられる.HFC134aに対し水蒸気が過剰の条件では,CF4等に再結合することなく,HF,CO2等となって分解されている.プラズマ入力に対するHFC134aの供給比を0.43 mmol/kJより上げて実験を行った場合,フッ素の回収率は下がったが,排ガス分析からは未分解および再結合フロン等のガス種は検出されなかった.
図6 フッ素回収率に対する供給流量の影響
また,処理後の吸収液中に含まれる全炭素量,有機炭素量は微量で無視できる程度であった.なお,HFC134aの水への溶解度は1.5×10-2 mol/1000 g水であり処理後の吸収液中にもほとんど含まれていない.したがってHFC134a処理後の吸収液中の成分は,ほとんどがフッ酸であることがわかる.
HFC134a供給流量による排ガス中のCO2およびCO量への影響を図7に示す.供給流量が多くなるにつれ,CO,CO2量が下がっていることがわかる.供給流量が多くなればプラズマの温度が下がることや,混合が局所的になり反応が十分に進行しないことが原因であると考えられる.
図7 CO,CO2発生量に対するHFC134a供給流量の影響
5.結言
環境問題は大きな社会問題となっており,その解決のための先端基盤技術のひとつとして熱プラズマ技術開発が行われている.プラズマを用いた新しい廃棄物処理プロセスは,これからの資源循環型社会構築に対して一石を投じるものであると考えられる.
従来,熱プラズマはその高温という特徴を利用しているものがほとんどであるが,熱プラズマには高化学活性という魅力的な特徴がある.熱プラズマに存在している荷電粒子やラジカルを上手に利用して,高化学活性であるという特徴を活用すれば,新しい廃棄物処理プロセスを開発することが可能である.また,熱プラズマを廃棄物処理システムとして実用化するのに重要な点はコストである.熱プラズマは従来からコストが高いものと扱われてきたが,熱プラズマが有する高温と高化学活性という特徴を活用すれば,廃棄物処理装置全体としてのコストを低減できる可能性がある.例えば,酸・アルカリ系の薬品を用いる湿式処理法を,熱プラズマを用いる乾式処理方法に代えることにより,廃液処理に必要なコストを低減できる効果がある.またコストの点だけではなく,熱プラズマにしか実現できないプロセスがあることも重要な点である.
引用文献
(1) | T. Watanabe, T. Tsuru, and A. Takeuchi, Water Plasma Generation under Atmospheric Pressure for Effective CFC Destruction, Proc. 17th Inter. Symp. Plasma Chem. (2005), Paper ID:399. |
(2) | T. Watanabe, Water Plasma Generation under Atmospheric Pressure for Waste Treatment, ASEAN J. Chem. Eng., 5-1 (2005), 30-34. |
(3) | T. Watanabe, Recent Development of Waste Treatment by Reactive Thermal Plasmas in Japan, Proc.16th Inter. Symp. Plasma Chem. (2003), ISPC-117. |
(4) | T. Watanabe and S. Shimbara, Halogenated Hydrocarbon Decomposition by Steam Thermal Plasmas, High Temp. Mater. Processes, 7-4 (2003), 455-474. |
(5) | T. Watanabe, S. Shimbara, and A. Takeuchi: Water Plasma Generation under Atmospheric Pressure for Effective CFC Destruction, Conference Proc. 10th Asian Pacific Confederation of Chem. Eng. (2004), Paper-ID: 1067. |
(6) | 渡辺隆行, プラズマ技術を用いた廃棄物処理の可能性, 21世紀の環境とエネルギーを考える, 時事通信社, 26 (2004), 19-32. |
(7) | 渡辺隆行, フロン分解装置の開発と現状, 資源環境対策, 41-9 (2005), 89-95. |
(8) | 渡辺隆行, 熱プラズマによる廃棄物処理, 実用産業情報, 38 (2006), 26-31. |
(9) | 岩尾徹, 渡辺隆行, 天川正士, 稲葉次紀, 西脇英夫, 熱プラズマを用いた廃棄物処理の現状と新展開, プラズマ・核融合学会誌, 82-8 (2006), 497-502. |