流れ 2007年12月号 目次
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大気圧ナノ秒パルスコロナプラズマを利用したごみ焼却炉排気中の
ダイオキシン分解のパイロットプラント試験
Pilot-Scale Experiment of Dioxins Control in Garbage Incinerator
Using Nanosecond Pulse Corona Induced Plasma Chemical Process
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ダイオキシン類は人類が合成した史上最も毒性の強い物質であり,窒素酸化物(NOx)とあわせて,ごみ焼却炉からの拡散が懸念される.排ガス中のダイオキシン類の処理は近年注目を集めているが,微粒子状のものとガス状のものを同時に除去する必要がある.方法としては,バグフィルタ,湿式の電気集じん装置を焼却炉に適用した例(1),触媒を用いた例(2)がある.しかし,バグフィルタや電気集じん装置は微粒子ダイオキシンに効果的であるが,捕集後の後処理が必要であり,さらにはガス状ダイオキシンの処理は不可能である.触媒法では温度制御が必要であるなどの問題がある.電子ビームを用いた例(3)も報告されているが,排ガス流量1,000 Nm3/h程度(Nは標準状態を表す)の比較的小流量の試験にとどまっており,最適な後処理手法が探索される過程にある.
本研究では,実際のごみ処理工場を対象に,非熱プラズマを利用した排ガス処理パイロットプラントを構成し,ダイオキシン類とNOxの同時除去を行い,その性能を測定した.半導体スイッチと磁気パルス圧縮回路を用いた高電圧パルス電源を新たに開発し,非熱プラズマ反応器を駆動して排ガス処理を行った.ここではダイオキシン処理の詳細について紹介する.NOx処理の詳細は文献(4)で詳しく報告されている.
2.パイロットプラントおよび実験方法図1は排ガス処理パイロットプラントの概略図である.焼却炉からの排ガスは電気集じん装置を通り,その直後に約5,000 Nm3/hが排ガス処理プラントへと分流される.排ガスは,ガス-ガス熱交換器を用いて160~190 °Cに冷却される.排ガス中の微粒子濃度はバグフィルタによって5 mg/Nm3以下に抑え,ガス成分のみをプラズマ反応器で処理する.プラズマ反応器下流のガスはNOがNO2に大部分が酸化され50 Nm3/hが分流されて,Na2SO3水溶液槽(ケミカルリアクタ)に流通しNOxの還元浄化処理実験が行われる.分流したすべてのガスは最後に焼却炉の主流路に戻る.プラズマ反応器への分流流量はインバータ制御ファンで調節する.
図1 大気圧パルスコロナプラズマによるダイオキシン処理パイロットプラント線図
図2にプラズマ反応器とプラズマ反応器に一体化されたバグフィルタを示す.本プラントで開発されたプラズマ反応器は高電圧パルスによってコロナ放電を引き起こす方式であり,PPCP(Pulse Corona Induced Plasma Chemical Process)反応器(5)とも呼ばれる.プラズマ反応器はワイヤ円筒型の放電反応器22本からなり,図2のように配置されている.各ワイヤ円筒型反応器はステンレス製の円筒とその中心軸に設置されたワイヤ放電極からなる.各円筒の長さは2 m,直径は200 mmである.図3に同種のプラズマリアクタを外に取り出し,電圧を印加して大気圧低温プラズマを発生している様子を写真に示す.
図2 PPCP処理装置
図3 パルスコロナプラズマの発生状況
図4にプラズマ反応器に印加される高電圧パルス波形とそれに伴って発生した放電電流波形を示す.パルスはピーク値130 kV,幅500 nsであり,10~35 kVのDCバイアス電圧が印加されている.放電電流は,水蒸気濃度Hが高いほど電流パルスの幅が小さくなり,電圧パルスの幅は大きくなる傾向が見られた.パルス繰返し周波数は最大1,000 pps (pulse per second) である.
図4 PPCP反応器中の水分含有量Hが印加電圧と放電電流に及ぼす影響
ダイオキシン類のサンプリングについてはガス中の濃度が塩素化度1~8の各 PCDD (polychlorinated dibenzo-p-dioxin),PCDF (polychloride dibenzofuran) について各々100 ng/Nm3以下であり,検出が困難なため,1回のガスサンプリングは4時間にわたって行う.バグフィルタで採取されたダスト中に含まれるダイオキシン類の量についても別途に分析を行い,1 pg-TEQ/Nm3以下であることがわかっている.ここで TEQ は Toxic Equivalents(毒性等量)の略称である.これはガス中のダイオキシン類に比べ無視できる量である.プラズマ反応器のダイオキシン類の除去率はバグフィルタで除去されるダスト中のダイオキシン類を含めた値とするが,この値は上記の結果からガス中の分解反応を正確に反映している.
3.実験結果および考察図5は分子構造の異なるダイオキシンの分解効率と処理ガス単位体積あたりに投入されたプラズマ反応器の電力量(SED: Specific energy density)の関係を示す.プラズマ反応器におけるガス滞留時間は0.31 sである.放電エネルギーの増加とともに分解効率は上昇し,全ダイオキシン類のTEQ合計で約85%を達成した.ただし,3~6 Wh/Nm3の範囲では分解効率は飽和する傾向が見られた.図6は各種ダイオキシンの(A) PPCP処理前および(B) PPCP処理後の成分の分布を示したものである.分解効率は分子構造によって大きく異なり,PCDDs で最も高く,続いて PCDFs,PCBs (polychloride bisphenols)の順となった.3種類の分子構造の相違点は,2個のベンゼン環の間の酸素原子の個数(PCDDs:2個,PCDFs:1個,PCBs:0個)である.このことから,ダイオキシンの分解はC-O結合の切断によって引き起こされるという仮説が成り立つ.特に塩素化度が4,5,6のT4CDFs, P5CDFs, H6CDFsの除去率が比較的低く,これら成分の分解率向上を図ることが重要となる.
図5 各種ダイオキシンの本装置での分解率(分析結果)
図6 各種ダイオキシンの(A)PPCP処理前,(B)PPCP処理後の分布
一方,排ガス中のNOはPPCP反応器によって大部分がNO2に酸化されており,下流ガスのうち50 Nm3/hをNa2SO3水溶液槽に吹き込んだところ,87%以上のNOxをN2に還元することができた.
4.結言実際のごみ焼却炉に対して,大型プラズマ反応器(PPCP反応器)を用いて排ガス処理パイロットプラントを開発し,5,000 Nm3/hの排ガスを処理しダイオキシン類とNOxの同時除去性能を調べた.6 Wh/Nm3のSEDのときTEQベースで85%以上のダイオキシン類を分解することができた.また,二つのベンゼン環をつなぐC-O結合の切断からダイオキシン類の分解が開始される可能性が示唆された.また,ごみ焼却炉排ガスのダイオキシン類とNOxの同時除去を可能とした.
なお,本研究の実施された大阪府立大学環境保全学研究室では環境保全プラズマに関する様々な研究を行っている.詳細はhttp://www.me.osakafu-u.ac.jp/plasma/ を参照頂きたい.
引用文献
(1) | Kim, H. H. et al., Incinerator Flue Gas Cleaning Using Wet-Type Electrostatic Precipitator, Journal of Chemical Engineering of Japan, Vol. 33, No. 4 (2000), pp. 669-674. |
(2) | Weber, R. et al., Low Temperature Decomposition of PCDD/PCDF, Chlorobenzenes and PAHs by TiO2-based V2O5-WO3 Catalysts, Applied Catalysis B: Environmental, Vol. 20 (1999), pp.249-256. |
(3) | Paur, H. R. et al., Electron Beam Induced Decompostion of Chlorinated Aromatic Compounds in Waste Incinerator Offgas, Radiation Physics and Chemistry, Vol. 52 (1998), pp. 355-359. |
(4) | 山本俊昭,大久保雅章,黒木智之,吉田恵一郎,プラズマ・ケミカル複合プロセスによるごみ焼却炉排気浄化のパイロットプラント試験(NOx及びダイオキシンの同時処理),機論,73B-732 (2007) 1767. |
(5) | 定方正毅,大気クリーン化のための化学工学,培風館,(1999) p.76 |