流れ 2015年2月号 目次
― 特集テーマ:流体工学部門講演会 ―
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航空機産業とJAXAにおける流体関連の研究活動
中橋 和博 宇宙航空研究開発機構航空本部
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1.はじめに
昨年10月に富山大学で開催されました流体工学部門講演会にて,「世界の航空機開発の現状とJAXAにおける次世代航空機に向けた研究活動」という題目で基調講演をさせていただきました.講演の依頼を受けた際には以前の職場(東北大学)で行ってきたCFD研究についてお話しするつもりでしたが,JAXAに異動して2年以上の研究ブランクがあり,且つこの講演が市民公開講座であるとも伺ったので,流体機械としての航空機開発の現状なり技術課題を紹介した方が良いと思い講演内容を変えさせていただきました.流体工学部門の方々に航空機開発にもっと参画してもらえればとの願いもあります.
このニュースレターにおいても今後の旅客機開発についてどのような流体力学課題があるかをJAXAの取り組みも含めて紹介します.紙面の都合上あまり多くは書けませんが,興味を持っていただき,航空分野の研究開発に参画いただくきっかけとなれば幸いです.
2.世界と日本の航空機産業
世界の旅客機需要は今後20年で現在の2倍以上になると予想されています(Fig.1).アジアの伸びへの期待が大きいのですが,原油価格高騰で燃費性能の良い新型機への買い替えが早まっているのも成長要因です.
Fig.1 Demand forecast of passenger planes
http://www.jadc.jp/data/forecast/
世界の航空機産業で150席以上の旅客機については,ボーイングとエアバスが2分する状況であり,それより小型のジェット旅客機ではボンバルディア(加)とエンブラエル(伯)が競っています.その小型機市場にロシアのSSJ-100,中国のARJ21,そしてMRJが入ろうとしている構図です.中国は,ボーイング737やエアバス320の市場にも参入すべく,C919の開発も進めています.開発投資の勢いと大きな国内市場から,中国の民間航空機産業はいずれは大きな存在になるでしょう.
航空機用エンジンについては,欧米の3大メーカーが市場の6割以上を占有しています(Fig.2).機体以上に高度な技術や膨大な開発コストが必要なために新規メーカーの参入は少ないようですが,既存メーカー間の技術競争は激しく,その技術リスクや開発資金リスクを軽減するために3大メーカーを中心にした国際分業が進んでいます.
Fig.2 Production output share of aero-engines
http://www.sjac.or.jp/data/index.html
そのようななか日本の航空機産業は,ボーイング787では35%の製造分担等で海外メーカーとの連携を深めて成長してきています.炭素繊維素材でも日本メーカーが不可欠になっています.エンジンでは,80年頃に産官(当時の航技研)連携で開発したFJR710がきっかけで,エアバス320用のV2500エンジンの国際共同開発に参画しました.累計6000台を超すV2500は現在でも国内産業規模を支えています.そして,それをもとに個々のメーカーが海外の主要プレーヤーの重要なパートナーとなりつつあり,更なる発展が期待されます.現時点では世界エンジン製造のシェアでは6%ほどですが,今後の拡大が楽しみです.
我が国航空機産業は長く1兆円産業と呼ばれてきましたが,それが昨年度は1.4兆円までになり(Fig.3),今後はMRJの生産や777X,PW1100GやGE9X等の分担製造が始まると2兆円を超えることも確実です.50兆円の自動車産業に比べると小さいですが,確実な発展を期待できる産業です.
Fig.3 Production out (sale) transition of aviation manufacturing. http://www.sjac.or.jp/data/index.html
3.1 低燃費化における流体課題とJAXAの取り組み
環境性能で特に低燃費化は重要課題です.MRJの機体空力性能の向上にはCFDと最適化技術が大いに活用されました.
しかし更なる低燃費化には,空力抵抗の半分強を占める表面摩擦抵抗を減らすことが必要です.そのための層流化やリブレット等は古くから研究が行われて来ましたが,それに流体以外の技術,つまり新しい素材や化学コーティング,制御等を絡めることで実用化の道を探っています(http://www.aero.jaxa.jp/research/ecat/ecowing/).
Fig.4は高高度を数日間航行できる無人機の構想図ですが,このような機体では誘導抵抗を減らすための高アスペクト比,つまり細長い翼が必要です.その柔な構造の制御には光ファイバによる歪のモニターと流体構造連成の制御等の組み合わせがキーとなります.そして,その技術は次世代の超低燃費旅客機にも活用できるでしょう.
Fig.4 Long-endurance unmanned aircraft
エンジンの燃費性能改善では世界的に高バイパス化が急速に進んでいます.つまりピュアなジェットエンジンで駆動されるファン径を更に大きくするものです.これに伴い,ファンの複合材化による重量軽減や層流化による空力性能向上等が不可欠で,JAXAではそのための次世代ファン・タービンシステム技術実証プロジェクト(aFJR:http://www.aero.jaxa.jp/research/ecat/afjr/)を立ち上げました.
3.2 低騒音化における流体課題とJAXAの取り組み
空港騒音は未解決で,成田空港や伊丹空港は24時間運用ができません.その航空機騒音の内,エンジン騒音はかなり改善されました.しかし着陸フェーズでは脚や高揚力装置からの風切り音が依然として残り,且つ低高度でゆっくりと着陸進入するために地上への影響領域が大きく,この機体騒音を低減することが重要になっています.一方,CFDや計算機性能の向上で空力音源の解析も可能になりつつあります.それを用いて低騒音デバイスを考案し,それを飛行実証する機体騒音低減技術プロジェクト(FQUROH)を開始しました.これについては新幹線や自動車の騒音対策に学ぶところ大であり,高速乗り物の空力音研究者との連携を期待したいところです.
Fig.5 Airframe aerodynamic noise reduction technology http://www.aero.jaxa.jp/research/ecat/fquroh/
4.おわりに
旅客機は長距離の移動手段として不可欠な存在になっています.JAXAでも旅客機の低燃費化,低騒音化,そして安全性向上に直結する研究開発を行って航空機産業の発展に貢献することに重点を置いています.しかし一方では,先を見たハイインパクトな技術開発も求められています.CO2排出を半減,あるいは空港周辺の騒音問題を抜本的に解決する静かな旅客機などです.自動車で進む電動化の波も航空機に入りつつあります.
そのような先進的な研究活動を行うにはJAXA内だけは人的にも技術的にも足りません.そこで,産官学の多様な研究者が集まって航空関連の創造的な研究を行うことのできる拠点をJAXA内に構築することを検討しています.“航空イノベーションハブ”と名付ける予定ですが,機械学会流体工学部門の方々にも是非とも参画いただければと思います.
10数年前に米国の航空宇宙学会(AIAA)で,「流体力学研究は終わったか?」という刺激的な題目の討論会が行われました.流体力学だけでは研究資金を取れないとのことでの議論だったかと思います.確かに流体力学は古典的な学問だと言われます.しかし先にも書いたように,制御,素材,電気,化学等の他分野との連携で新しい流体工学の応用がすでに始まっています.流体は未だに興味深い学問分野であり,その応用としての航空機はワクワクする流体機械です.
Fig.6 Next-generation aircrafts under conceptual-examination in JAXA Aeronautics (From the left, high-efficient transport, high-speed doctor helicopter, low-boom supersonic transport)