流れ 2015年2月号 目次
― 特集テーマ:流体工学部門講演会 ―
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壁乱流における正弦波状リブレットが渦の移流に与える影響
笹森 萌奈美
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1.はじめに
第92期機械学会流体工学部門講演会における研究発表について,光栄にも優秀講演表彰を頂き、またニュースレターとして我々の研究を紹介させていただく機会を頂いた.この場を借りて選考委員会および日本機械学会の皆様に御礼を申し上げる.本ニュースレターでは部門講演会での発表内容である,正弦波状リブレット上の乱流場における渦の移流と摩擦抵抗低減効果の関係について紹介をさせて頂く.
2.壁乱流とリブレット
輸送機器周りの流れである乱流場では,摩擦抵抗が著しく増加することが知られている.例えば航空機の場合,全流体抵抗に占める摩擦抵抗の割合は5割以上であるといわれ,エネルギ利用の高効率化のためにも摩擦抵抗を低減させる乱流制御の確立が求められている.その摩擦抵抗低減手法の1つに,流れ方向に沿った微小な溝 (リブレット)を壁面に設置する方法がある.この手法は外部からエネルギ投入を必要としない受動制御であり,かつ既存の機器への高い適用性を有する魅力的な手法であるため,本研究ではリブレットによる摩擦抵抗低減をテーマに研究を行う.
溝が流れ方向に一様な 2-D リブレットについては古くから研究が行われており(1)-(3),最適化された形状では最大約10 %の摩擦抵抗低減率が報告されている(4).最適化された2-Dリブレットのイメージ図を図1に示す.この2-Dリブレットはリブレット間隔が摩擦抵抗の増大に寄与する縦渦直径よりも小さい.したがって,その狭い間隔により縦渦の下壁への接近を抑制し,高せん断領域を減少させることにより摩擦抵抗低減効果を得ることが報告されている(5).しかしながら,実用化のためにはこの抵抗低減率以上の高い抵抗低減効果が必要である.
そこで近年では,より高い抵抗低減効果を目的とした3-D リブレットの研究が行われている(6, 7).3-Dリブレットとは溝の形状が流れ方向に変化するリブレットである.我々はそのひとつに位置づけられる正弦波状リブレットを製作し,これまでに差圧実験により最大約12% (摩擦レイノルズ数Reτ 120) の全抵抗低減率を確認した.図2に正弦波状リブレットの概要図を示す.ここで ( )+ は壁面摩擦速度uτ[m/s] 及び動粘度ν[m2/s] を用いた無次元化を表す.正弦波状リブレットは,リブレット間隔が流れ方向に周期的かつ正弦波状に拡大と縮小を繰り返す形状を有する.リブレット平均間隔は2-Dリブレットよりも大きく,本研究において対象とする流れのレイノルズ数下では縦渦直径と同程度となる.これまでに正弦波状リブレット近傍では上昇流・下降流が誘起されること(8),正弦波状リブレット面上で縦渦の強度が弱められること(9)などが実験により確認されていたが,リブレット面上の流れ場が渦の移流に与える影響は不明であった.そこで,本研究では2-D PIV (Particle Image Velocimetry) 計測により得られた速度場をもとに,リブレット面上の渦の移流について考察した.
Fig. 1 An image of 2-D riblet. | Fig. 2 Sinusoidal riblet configuration at Reτ = 120. |
3.2-D PIV計測による流れの可視化
本実験で使用する実験装置の概略を図3に示す.水平チャネルを試験部とした吸い込み式の開放型装置である.作動流体は空気,代表長さであるチャネル半幅は δ = 10 mmとする.試験部入口で十分発達した乱流を得るため,助走区間を300 δ とした.試験部は断面が20 δ ×2 δ,長さが400 δ であり,片側壁面に図4に示す実寸法のリブレットを設置した.
リブレット壁面上の流れ場の構造を明らかにするため,テストセクション開始地点から330 δ 下流においてx-y 断面における PIV 計測を行った.計測は最も高い全抵抗低減率RD=11.7%を確認したReτ120において行った.図5にPIV計測装置の概略図を示す.PIV 計測装置はダブルパルス YAG レーザ,ハイスピードカメラ (1280×1040pixel2,1000fps) から構成される.発振されたレーザビームは Cylindrical lends を通し,厚さ 1mm のレーザシートとなる.また,トレーサ粒子には平均粒径 1µm のオイルミストを使用する.テストセクション下流の拡散胴に設置されたミラーを用いてレーザシート光を流路内へ照射し,側面から粒子を撮影することによって,2フレームの連続した画像情報から平面上の速度分布を求める.フレーム間隔は60μs,画像のサンプリング数は2500である.解析には再帰相関法,探査領域には48×8pixel2 の格子を用い,50%オーバーラップすることで速度ベクトルを算出した.PIV計測ではリブレット間隔中央x-y断面の速度場を撮影した.
Fig. 3 Schematic view of an experimental apparatus.
Fig. 4 Geometries of a sinusoidal riblet.
Fig. 5 PIV measurement setup.
4.正弦波状リブレット面上の流れ場
まず,PIV計測で得られた速度場をもとに,正弦波状リブレット面上で生じる特有の流れ場について説明する.図6に流れ方向の速度分布を示す.リブレット近傍ではリブレット間隔の狭い箇所で速度が減速されることがわかる.図7に壁面垂直方向速度を示す.一般的に平滑面側の壁面垂直方向速度はゼロとなるが,正弦波状リブレット上の流れにおいてはリブレット近傍(y+<20)で,リブレット間隔拡大部(50<x+<210)において下降流(v+<0)が,縮小部(210<y+<320)において上昇流(v+>0)がそれぞれ誘起されることがわかる.したがって,リブレット面上に存在する縦渦はリブレット間隔縮小部では下壁面に接近する一方で,縮小部では下壁から遠ざけられるように移流すると考えられる.
図8に,PIV計測により得られた瞬時の速度場を用いて描いた流跡線を示す.計測をリブレットの中央断面で行ったため,対称性からスパン方向平均速度はゼロと見なせる.粒子は左から右に移流する.リブレット壁(h+ = 5.0) の影響によりy+ < 8.1 の速度場は得られていないため,流跡線はy+ = 8.1 に達したところで途切れる.つまり,粒子がy+ = 8.1 へ到達することはリブレット壁間への渦の侵入及び渦の下壁への接触を示唆する.図より,y+>10において粒子はy+=8.1に到達しない.流跡線の粒子の変位量を定量的に評価した結果,正弦波状リブレット面近傍で誘起される下降流により縦渦が下壁に到達することはほぼないと考えられた(8).
5.おわりに
平行平板間乱流において,正弦波状リブレット面上の流れの2-D PIV計測を行い以下の知見を得た.
(1) | 正弦波状リブレット近傍では流れ方向速度が減速され,その拡大部では下降流が,縮小部では上昇流が誘起される. |
(2) | 流跡線の結果より,正弦波状リブレット面上の渦は下壁へ平均的に到達しないと考えられる. |
以上のことから,正弦波状リブレットは縦渦の平均直径とほぼ同等のリブレット間隔を有するにも関わらず,縦渦が下壁へ接近するのを抑制できると考えられる.
リブレット間隔が広くとも縦渦の接近が抑制できるリブレットの考案は本研究が初めてである. 本研究の成果をもとに今後より高い抵抗低減効果を有するリブレットが考案されることを期待する.
Fig. 6 Distribution of streamwise mean velocity over the sinusoidal riblet. | Fig. 7 Distribution of wall-normal mean velocity over the sinusoidal riblet. |
Fig. 8 Pathlines determined from the instantaneous flow field for the riblet side.
謝辞
末筆となりますが,本研究を行うにあたり財政的な支援を頂いた科研費基盤研究(c)24560186,本研究で使用した正弦波状リブレットの製作にご協力頂いた東京農工大学ものづくり創造工学センターの職員の皆様,当日会場にてご聴講頂き貴重なご意見を頂きました皆様,今回のニュースレター投稿の機会を設けて下さった日本機械学会流体工学部門の皆様に感謝申し上げます.
参考文献