流れ 2015年2月号 目次
― 特集テーマ:流体工学部門講演会 ―
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アクア流夢(リウム)館長日誌
斎藤 大地 (館長) |
1. 初めに
我々は,先日富山にて開催された第13回流れの夢コンテストに,チームアクア流夢(リウム)として参加させて頂いた.我々は北海道大学の機械知能工学科に所属する学部3年生であり,まだ研究室には所属していない.我々の科目担当教員であり,LFC(流れ制御研究室)准教授である田坂先生から夢コンについてのお話を伺ったことが参加のきっかけである.ここでは,我々の作品とその制作過程について紹介したいと思う.
突然だが,水族館はお好きだろうか.色とりどりの魚たちに目を見張ったり,一糸乱れぬイルカショーに魅せられたりと,素敵な思い出をお持ちの方も多いはずだ.
一方で,見方を変えると,水族館は何億年もの時間をかけて進化してきた水棲生物たち,すなわち地球一の流体マスターの集会場でもある.あれほど多くの水棲生物と出会い,見比べることができる場所は他にない.だが残念なことに,彼らの周りの流れを目視したり,抵抗を比較したりすることは容易にはできない.なぜなら彼らは大きな体を有し,絶えず動き続ける「生物」だからである.
それならば自分たちで実際に水棲生物の模型を作って抗力の比較を行い,更にどのような流れを纏っているのか可視化で確かめてしまおうというのが,我々の主要な動機である.チーム名及び作品名ともなっているアクア流夢とは,水族館を意味する英単語”Aquarium”と,当コンテストの名称とを掛け合わせて出来た造語である.水棲生物が纏う様々な流れと,その流れが及ぼす力の不思議を手軽に体験して欲しいという願いを込めた.
ところで,私は以前水族館を訪れた際に悠々と泳ぐイルカの形を見て,「かっこいいな」と感じたことがあった.その感覚は今も忘れられない.ここまでもっともらしい動機を書いてきたが,私個人のモチベーションの根底にあったのは,そのかっこよさの理由を知りたいという純粋な好奇心であったのかもしれない.
2. アクア流夢(リウム)とは
「アクア流夢」の具体的な内容を説明したいと思う.先にも触れた通り,アクア流夢は水棲生物の模型に働く抗力を比較し,その際模型周りの流れを可視化して画像をお見せするという企画である.抗力の比較は図1のような4節リンク機構を用いて行った.台座に水生生物の模型を設置し,風洞で前方から空気を流す.すると,抵抗の小さい模型が前に出ることになり,抗力の比較を容易に行うことができるのである.我々は,この様子を競馬に見立てて「競魚」と名付けることとした.
一般に,流体中に置かれた物体に働く抗力Fは,流体の密度をρ,流速をUとし,物体の前方投影面積をS,抵抗係数をCDとおけば,
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と表される.従って,体長の縮尺を揃えた模型を用意してしまうと,いくら形状としては優れた生物であっても体の大きさが抗力に効いてくるので,比較の面白味がない.
そこで,我々は模型の投影面積Sを全て統一することにした.上式から,模型同士の抗力Fの違いはCD値の違いのみに依ることになる.つまり投影面積の統一により,4節リンク機構では直接抗力係数の比較ができるようになったのである.さながら競馬のように,模型に働く抗力の大きさの順番を予測する面白味が出てきた.
Fig. 1 A photo of four-link mechanisms
3.模型の制作
では次に模型の制作過程について述べる.材料には入手しやすく加工しやすい断熱材を用いた.昨今話題の,3Dプリンターやスキャナー等の新しい技術は一切使用していない. ハンドメイドである.
先ず,図鑑やWeb上で入手できる写真を基に,模型化したい生物の正面図,上面図及び側面図から成る3面図をCAD上に製図した.前方投影面積は,各々の模型について正面図の面積を測って互いに揃えることで統一した.わざわざCADを用いた理由はここにある.
次に,直方体に切り出した断熱材に3面図を貼り付け,3方向から電熱線でカットした.
あとは,対象生物の写真をできるだけ多く用意し,それらを参考にしながらひたすら紙やすりをかけ成形するだけである.そして,仕上げにサーフェイサーを吹きかけて再度やすりを掛け,表面が滑らかになったところで模型用の塗料を塗り,ようやく完成である.
実験では表面の性状がそろっていればよいので,色まで塗る必要はないのだが,テーマが「ミュージアム」であるから見た目にはとことんこだわった.我々が夢コンの準備に費やした時間の実に9割はこの模型制作に充てられた.
最終的に完成させることができたのは,図2に示した7体である.遊泳速度の速いものや,特徴的な形状をしているものを中心に選定した.(g)が水棲生物ではない,とのご指摘もあろうが,空気中を移動する物体の中では人類代表ともいえる新幹線と生物とを比較してみたかったのでレパートリーに加えた次第である.2015年3月に丁度北陸新幹線が開業するので,地元の皆さんの注目を惹きたかったという思惑も当然あったが.
Fig. 2 Pictures of aquatic animal models
4. 4節リンク機構
競魚を構成する装置の中で,模型と並んで重要なのが4節リンク機構である.制作に際しては精度に十分気を付けねばならない.左右の腕の長さが少しでも異なれば装置は正中しないし,また接続部が滑らかに回転しなければ,安定かつ正確な抗力の比較ができないのである.当初,我々が最も懸念したのは,果たして模型同士で抗力を比較した際に,そこまで明確な差が出るのであろうか,ということであった.4節リンク機構の精度が悪いと競魚が成り立たなくなる恐れがある.
さて,過去のニュースレターをお読みになり既にご存知の方も多いであろうが,LFCには技術職員の山保さんがいらっしゃる.長年LFCに所属され,LFCの諸先輩方を技術面でサポートされてきた方である.今回,我々もこの例に漏れず,要である4節リンク機構について山保さんに制作をお願いした.大変お忙しい中であったにもかかわらず,山保さんは快く引き受けて下さった.そして,我々が完成品を受け取ったのは,ラフスケッチをお渡ししてから僅か数日後のことであった.図1のようにアクリルとベアリングから成るこの装置は見た目が至ってシンプルで,模型たちの存在感を邪魔することは無い.そして,可動部は実に滑らかに動いた.我々が思い描いていた正にその通りの装置である.
試しに制作中の模型を設置し風洞にかけてみると,先の懸念は文字通り風に乗って吹き飛んだ.
5. 実験
5.1. 抗力の比較
ようやく模型と4節リンク機構が揃ったところで,我々は風洞を用いて競魚を行った.
ここで競魚のルールを説明する.2つの模型を台座に設置し,上流から空気を流す.静止状態から1 m/s刻みで徐々に風速を上げていき,先に前に出た方を「勝ち」と見なす.
仮にも競魚は抗力の小さい模型の順番を予測するゲームである.せっかくなので,ネタバレの前に皆さんには是非一度競馬の着順を予想するように順番をご想像して頂きたい.
結果は表1のようになった.上段の○×△は勝敗及び引き分けを表し,下段の数値は勝敗のついた風速を表している.例えば,クロマグロ対ジンベエザメでは,風速10m/sでクロマグロが勝利している.そしてクロマグロは全勝,ウミヘビは全敗と見る.
さて,皆さんはこの表をご覧になってどのような感想を持たれただろうか.我々はマグロがトップでウミヘビが最下位というところまでは見当がついていた.しかし,普段は緩慢な動きをしているジンベエザメが,高速遊泳で名を馳せるハンドウイルカと互角に渡り合ったことには驚いた.又,単体ではトップであったマグロも,スイミーのように密集してしまうと大分順位を落としてしまうのだということも予測できなかった.
Table 1 The result of a fish race
5.2.可視化実験
何故表1のような結果になったのか.可視化実験で「見えてきた」ことがある.
可視化はスモークワイヤ法を用いて,ハイスピードカメラで撮影した.実験条件として風速は1.0 m/sで固定した.得られた画像を,抵抗の小さかった順に上から図3に示す.
これらの可視化画像からわかることはいくつもあるのであろうが,我々は競魚の着順を予測するには次の2つの事柄に着目すれば良いのではないかということに気付いた.
- 流線形と鈍い物体の間で明確に上下に2分される
- 表面積の小さい順に上位から並ぶ
Ⅰについては4位のE7系と5位のマンボウの境界がこれにあたる.Ⅱについて, CADで4側面の和を調べると,確かにそのような傾向が見られた.
これらのことは至極当然のことのようにも思われるが,実際に模型を制作して風洞にかけて初めて明らかになることでもあり,私にとっては新鮮な発見であった.
Fig. 3 Visualization of flow field around models
6. いざプレゼン
さて,素材は揃った.あとはプレゼン次第である.プレゼンの仕方一つで内容は如何様にも面白そうに見えるし,又つまらなそうにも見える.どんなに作品を丁寧に作っても,先ずは相手に関心を持ってもらわなければ十分に魅力を伝えることさえできないのである.
しかし3年生の我々は,今回のように人前でプレゼンを行うのは初めてであり,発表の仕方やスライド,資料作り等わからないことだらけであった.そんな我々の心強い味方となって下さったのがLFCの皆様だ. 2度もリハーサルの場を設けアドバイスを下さったり,終盤は夜遅くも研究室を開けて下さったりと本当に親身にご指導して頂いた.中でも,M1の藤田さん(前年度流れの夢コンテスト,一樹賞受賞)からは企画段階から何度もご助言を頂いた.発表原稿の言い回しからスライドの文字の大きさ,果てはアニメーションの長さまで,毎日のように丁寧にご指導して下さったのである.
先述のように模型制作に大分時間がかかり,後半は連日夜遅くまで研究室にこもるような日が続いた.実は抗力の比較を競馬になぞらえ「競魚」と命名したのは本番の1週間前である.最終盤の追い上げで何とか形にすることができたのも,ひとえにLFCの皆様のお力添えがあったからである.
当日,午前中のプレゼンの部では発表が終わるまで緊張して落ち着かず,あっという間に時が過ぎていった.午後の展示の部では多くの方々が我々の作品をご覧下さり,「面白いプレゼンだったよ.」,「この模型は手作りなのか!」,「可視化までやったの?」と,我々がこだわり,正に魅力として伝えたかった部分を評価して頂くことができた.
7. 終わりに
今回,一樹賞という大変名誉ある賞を頂けたのは,先ずはLFCの皆様からのご支援があったからである.そしてその上で,佐藤君のモノづくりに対する豊富な知識や経験と,私の絵や工作等美術に関するこだわりといったそれぞれの強みを生かせたことにあるように思う.
今回の活動は研究と呼ぶにはまだまだ未熟であり,振り返るとやり残したことも沢山ある.しかし,企画から実験,発表まで,3年生でありながら一連の流れを知り,体験することができたのは,大変貴重な経験となった.
このような機会を与えて下さったLFCの田坂先生と,いつも暖かくご指導して下さった山保さん,先生方,そして先輩方に,この場をお借りして深くお礼申し上げます.
最後に,佐藤君と,そして北大のもう1チームで,最優秀賞を獲得した明石さんという2人の心強い相方と共に活動することができたことに感謝し,アクア流夢の紹介を終えさせて頂きたいと思う.