流れ 2015年2月号 目次
― 特集テーマ:流体工学部門講演会 ―
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私の夢コン体験記
明石 恵実 北海道大学
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1.はじめに
私はチームLFC予備軍として,富山大学で行われた第13回流れの夢コンテストに参加した.LFCとは,北海道大学流れ制御研究室(Laboratory for Flow Control)のことである.そして,予備軍の言葉が示す通り,私は研究室配属される前の3年生であり,研究室のメンバーではない.本稿では,私にとって流れの夢コンテストへの参加がどのような経験になったかについて記したい.
2.きっかけ
私は以前からLFC村井祐一教授の気泡の研究に興味があり,何度か研究室へ見学に伺ったことがある.2014年4月,私はLFC田坂裕司准教授から,流れの夢コンテストの紹介と参加の勧めを受けた.話が終わる頃には,すでに参加することを決心していた.田坂准教授が参考のために紹介してくれたカラフルで美しい流体現象の数々や,過去の参加者のユーモア溢れるプレゼン例は私をコンテストに参加させるモチベーションとして十分すぎるものであった.私も美しい流れを発見したい!その現象で聴衆を引きこむようなプレゼンをしたい!
この日から私の流れの夢コンテストは始まった.
3.準備期間
しかし,学期間中は勉強や課題に忙しく,なかなか準備をすすめることが出来ない.本格的に始めたのは,夏休みに入った8月からである.テーマは子供の頃からふわふわした動きを見るのが好きで,よく遊んでいたシャボン玉にしようと漠然と考えていた.しかし、シャボン玉をどのように展示するかというアイデアが全く浮かばなかった.実験室で黙々と何時間もシャボン玉を吹き続ける私に,研究室の先輩方も驚き,心配されていたに違いない.
何日かそのように過ごしたある日,何気なくシャボン膜を太陽の光に照らしてみると,シャボン膜上に虹色の美しい模様が現れた. (図1)まるで,惑星の表面やイタリアの伝統工芸マーブル模様のようだ.そしてなによりその模様は,“流れ”ているではないか!これこそ“流れの夢コンテスト”にふさわしい.
Fig. 1 暗室で光を当てた時のシャボン膜の様子
そもそもシャボン膜とは,水と液体洗剤とグリセリンを1:1:3で混ぜたシャボン液でできた厚さ1μmの自由液膜である.液膜上には様々な要因,重力や熱,空気中のかすかな風,水の蒸発によって複雑で不安定な流れが発生している.そして,もう一つの大きな要因はマランゴニ対流である.これらの要因によって発生する流れは,光を当てると干渉によって虹色に輝く.シャボン膜があれば誰でも見ることができるので,是非一度試してほしい.写真より何倍も綺麗であると私は思う.
4.シャボンアート 誕生
しかし,流れの夢コンテストで展示するにはもう一工夫必要である.そこで頭の中に浮かんできたのが一枚の絵画,ムンクの「叫び」であった.
誰もが1度は目にしたことのある,ムンクの「叫び」.この絵はムンクの見た幻覚に基づいているといわれている.作者の不安定な心象を表す背景の模様や色使いを,不安定なシャボン膜上の流れで表現したい!この時,シャボン膜上の流れで絵画を描く,世界で唯一の芸術シャボンアートが誕生した.
ここで,シャボンアートの作り方を説明しよう.まずは,光を通すような薄い紙に単純化したムンクの「叫び」を描く.この紙を図2のように卓上ライトの傘の上にのせる.ライトを点灯すると,紙を通過した光が映写機の原理でシャボン膜上に映し出される.すると私たちは,映し出されたムンクの「叫び」の背景に,不思議で美しいシャボン膜上の流れを見ることができる(図3).
Fig. 2 シャボンアート制作装置:ムンクの「叫び」をライトの上に置き,シャボン膜上に映し出す
Fig. 3シャボン膜上に映し出されたムンクの「叫び」
シャボン膜上の流れと色の変化は不安定でコントロールすることが難しい.つまり,私たちは二度と同じ光景を目にすることはできないのだ.シャボンアートは一期一会,瞬間の芸術なのである.
5.富山では
流れの夢コンテストの当日は午前にプレゼンの部,午後に展示の部が行われた.
今回の流れの夢コンテストのテーマは「流れのミュージアム」ということで,私は会場の一角にその日限りの美術館(ミュージアム)を開館した.暗室を作り,室内ではシャボン膜上の流れを実演披露し,室外ではシャボンアート作品の数々を額に入れて展示した.当日までに作品のレパートリーを広げ, ムンクの「叫び」をモチーフにした「対流の叫び」だけではなく,ゴッホの「イトスギのある風景」(図4)や「自画像」(図5)レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」をシャボン膜で描いた.最後には私の自画像まで作り上げ,来場された方々が様々なアートを楽しめるようにした.
Fig. 4ゴッホの「イトスギのある風景」を対流で描いた「イトスギのある対流風景」
Fig. 5ゴッホの自画像を対流で描いた「対流自画像」
Fig. 6レオナルドダヴィンチの「モナ・リザ」を対流で描いた「モ流・レザ」
また,美術館らしく,来場者の方々の為にパンフレットも用意した.一番のこだわりは作品に対する専門家の解説である.ここで,「対流の叫び」についての専門家の解説を紹介したい.
「この絵のもとになっているムンクの『叫び』は,絵の中の人物は「自然を貫く果てしない叫び」におそれおののいているという.作者は本作品においてその「叫び」を対流で表現するために,針金を指で温める,シャボン液をスポイトで垂らす,などのシャボンアートでも類を見ない画期的な技法を確立させた.自然界に潜む「叫び」をシャボン膜上へ見事に取り出した本作品は,シャボンアート界の歴史に残る名作であると言えよう.」
もちろん,シャボンアートの専門家など存在せず,文字通り自画自賛の自作解説である.しかし解説を読めば,シャボンアートがあたかも芸術分野の一つであるような気がしてくる.
このように,私は来場者の皆様が美術館(ミュージアム)に来た気分になってもらえるような雰囲気作りに徹したのだ.
プレゼンの部では,私は天才シャボンアーティストになりきった.その後の展示の部に多くの人が訪れてくれるように,カジュアルな雰囲気で,聞いている人が楽しめる発表をしたつもりである.
その甲斐があったのか,プレゼンを聞いた沢山の方々に展示ブースへお越しいただくことができた.流体力学の研究者の方々は私の拙い説明にも熱心に耳を傾けていただき,様々なアドバイスをしてくださった.また,学生の方々はシャボン膜上の流れに興味を持って.写真に収める方までいた.もちろん私も他の展示を見に行って参加者の方々と交流することができ,共に夢コンならではの熱い時間を過ごした.
結果はまさかの最優秀賞!「自分自信で楽しんでいる姿が良い」と多くの審査員の方々に評価していただいた.私は流れの夢コンテスト参加を通して,シャボン膜上の流れを発見した時の驚きや詳しく調べて新しい現象を知った時の興奮,参加者の方々と議論する楽しさなど多くの場面で好奇心を満たす喜びを味わうことができた.この経験は,これから研究室に配属されたとき,そして社会に出てからも,「この先に面白いことがあるかもしれない!」と困難を目の前にした私の背中を押ししてくれるに違いないと思うのである.
6.最後に
このような貴重な経験をすることができたのは,第13回流れの夢コンテスト実行委員長の坂村芳考様をはじめとした,実行委員の方々のご尽力のおかげです.
また,LFCの村井祐一教授 田坂裕司准教授 大石義彦助教授 山保敏之技官,そして研究室の皆様にはこのような貴重な機会を頂いただけではなく,準備から常にサポートをして頂いて本当に感謝をしています.この経験を活かして,これからも新鮮な気持ちで楽しみながら興味のある学問を追及していきたいと思います.