流れ 2016年11月号 目次
― 特集テーマ:2016年度年次大会 ―
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多レンズ多方向光学系の設計および瞬間CT法による非定常流体現象の三次元計測と3Dプリンティング
石野 洋二郎 名古屋工業大学
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1. はじめに
2016年度年次大会のEFDワークショップ「光学的流体計測手法」において,講演する機会を得ましたので,概略を紹介します.
2. 研究紹介
本講演では,はじめに,自己紹介を兼ねて講演者の研究の一部を紹介しました.研究のメインテーマである燃焼研究では,本稿で詳述する (i)光学的計測 のほかに,(ii)廃棄物の燃焼処理の研究(図1左図)や,(iii)厨房燃焼機器の効率向上を目指す研究(図1上段左(1))などを実施しています.新型内燃機関に関する研究では,(i)2軸純粋回転式エンジン(2)(図1上段右図)と(ii)S.L.P.エンジン(3)(図1下段左図)といった2種の無振動回転エンジンを発表しました.一方,町工場と共同での「液体ロケット打ち上げ」に向けて,エタノール/亜酸化窒素を推進剤とする液体ロケットエンジンの開発(4)(図1下段右図)を進めています.また,人間搭乗型二足歩行ロボット(図1)を製作し,二足歩行ロボットのための燃焼式駆動機構の研究も行ってきました.
図1 研究紹介.
左図:PET樹脂粉末を補助燃料とする窯業用バーナーの開発,
上段左図:フィン付き調理器と組み合わせた新型高効率ガスコンロ・システムで使用するマイクロ火炎列(1),
上段中図:無動力・人間搭乗型二足歩行ロボット,
上段右図:トロコイド曲線ローターとサイクロイド曲線ローターからなる回転エンジン(2)
下段左図:単葉ペリトロコイド・ローターによる回転エンジン(3)
下段右図:町工場と共同開発の液体ロケットエンジン(4)
3. 光学的流体計測
3.1. 計測対象の現象について
乱流中に形成される火炎である「乱流火炎」は,大小の渦により火炎面が乱され火炎面の面積が増加することで,燃焼速度が飛躍的に増大し,高い燃焼負荷(燃焼強度)をもたらします.燃焼機器・熱機関の多くで,この乱流火炎が利用されていますが,一方で,乱流火炎の「三次元性」および「非定常性」から,時系列はもちろん瞬間構造であっても,火炎全体の三次元構造を計測することは非常に困難だとされています.「三次元性」および「非定常性」を有する流体現象は,乱流火炎のほかにも,火花点火火炎・噴流など多くの現象が該当します.
なお本研究では,火炎は,燃料と空気の予混合気を燃焼させる「予混合火炎」を計測対象とします.
3.1. スキャンレス三次元CT(コンピュータ断層)計測について
本研究は,スキャンレスCT法による非定常流体現象のスカラー量の瞬間分布の三次元計測です(5).
「CT計測」としては,医用工学あるいは医用画像診断の分野で一般的になっている「CTスキャン」が全国民的に有名です.「CTスキャン」では,患者に対して,多方向から撮影した定量的レントゲン(X線)画像をCT演算し,患部の三次元分布を獲得します.しかし,X線放射管と検出器から成る計測ユニット1台を回転スキャンさせながら,多方向レントゲン撮影を行うため,1回の3D計測に長時間を必要とし,その間,患者に静止状態を強いています.したがって,このままでは,形状が激しく変化する対象物を計測することは困難です.
このCT計測を,乱流火炎などの変動現象に適用するためには,現象の変化時間(たとえば,1ミリ秒)内に,画像データを獲得する必要があります.そこで,1台の計測ユニットを回転スキャンする代わりに,初めから,多数の計測ユニットを多方向に設置し,同時に計測することで,スキャンレスCT計測が可能となります.このとき,計測ユニットが写真装置などの画像計測ユニットならば,三次元CT計測が可能となります.
なお,多方向画像データ群からの三次元再構成には,CT演算を使用しますが,いくつかのアルゴリズムが提案されています.本研究では,図2(6)に原理を示す「分配バックプロジェクション(DBP)法」(MLEM法(5)とも呼ばれます)を採用し,Fortran言語により演算を実行しています.ちなみに,分配バックプロジェクション法の特長は,多方向画像データを再構成領域にバックプロジェクションする際に,別方向のデータの分布を参考にして,奥行き方向に分布(分配)させてバックプロジェクションできるところにあります.
図2 CTアルゴリズム:分配バックプロジェクション法の概要(6)
3.2. 発光強度分布の瞬間三次元分布のスキャンレスCT計測(7)
青炎である予混合火炎から発光輝度は,その領域の燃料消費率あるいは反応速度にほぼ比例するといわれています.そこで,予混合乱流火炎からの発光画像を多方向から同時に捕えるために,多眼カメラ(40眼カメラおよび158眼カメラ)を製作しました(図3,左および中央).計測対象火炎を各レンズが正面にとらえる必要性から,多眼カメラは半円弧形状に設計されます.対象火炎は図4に示すパイプバーナー予混合火炎(パイプ内径19 mm,プロパン・空気,当量比1.4)です.火炎の凹凸の移動速度(平均流速1.8 m/s)による画像ブレを抑えるために,多眼カメラを同速度で上方に高速移動させ,火炎を追跡させました.
図3 40眼カメラ(左),158眼カメラ(中)および,
158眼カメラに対するギネス世界記録認定証(右)
図4 計測対象火炎:パイプバーナー予混合火炎(パイプ内径19 mm,プロパン・空気,当量比1.4).撮影速度1000 fps.多方向同時撮影は,2段目左から2番目の0 msと3番目の1.3 msの2タイミングでそれぞれ実施.
図5は,40眼カメラにより撮影された多方向撮影画像群(シャッター速度は約1 ms)です.ただし,奇数番レンズと偶数番レンズとでシャッターに時差を与え,連続した2時刻(時間差1.3 ms)の画像群が得られています.ここで,図4の高速度画像は,多方向同時撮影と同時に撮影されており,図4の第1回目タイムマーク(フラッシュ発光)の時刻が,図5の第1時刻(0 ms)です.同様に,第2回目タイムマークが,図5の第2時刻(1.3 ms)です.
図5 40眼カメラにより撮影された多方向撮影画像群(左:時刻0ms,右:時刻1.3 ms)
図5の多方向画像群にCT再構成演算処理を施すと,火炎輝度の瞬間三次元分布(図6)が得られます.図6の火炎発光分布では,火炎面の外側に凸の部分が消炎していることがわかります.このことは,「比較的重い分子であるプロパンの過濃予混合気の乱流火炎では,火炎面の凸部で燃焼が不活発になる」と言われてきたことを,三次元分布上で確認できたことを意味します.
なお,158眼カメラについては,2009年,「世界で最もレンズの多い写真カメラ」として,ギネス世界記録に認定されました(図3,右図).
3.3. 3Dプリンティング
乱流予混合火炎の発光輝度の瞬間三次元分布(図6)が得られたので,第1時刻の分布を3Dプリンターにより3Dプリンティングを実行しました(図7(8)).3Dモデル化に際し,ある閾値より高輝度の領域を実体化しています.
図6 CT再構成された火炎輝度の瞬間三次元分布(左:時刻0ms,右:時刻1.3 ms)
図7 第1時刻(0 ms)のCT再構成結果の3Dプリンティング.水平断面は高さ28 mm.
さて,このような3Dデータの3Dプリンティングについては,「不必要である」とのご意見も聞き及んでいます.確かに,3DデータのCG(コンピュータグラフィックス)を縦横無尽にディスプレイ上で操作できる研究環境が普通となっています.しかし,だからこそ逆に,手にした感触がその人の記憶に永遠に刻まれる「3Dプリンティング」が,研究の感動を伝えるツールになり得るのだと思います.
さらに,3Dプリンティングに関しては,次のような考え方もあります.
「触れる検索」をご存じでしょうか? 「触れる検索」とは,ヤフーによって2013年9月から行われているプロジェクトのことで,「音声認識機能と検索機能を持った3Dプリンターシステム」を筑波大学附属視覚特別支援学校に導入するというコンセプト企画です.具体的には,視覚障がいのある小学生がその3Dプリンターに向かって,知りたいもの--例えば「ティラノザウルス!」と言うと,15分後,出来上がった恐竜の3Dプリンティングをその小学生が手にして,恐竜の形を触って体験できるという企画です.
翻って自らの研究に目を向けると,研究対象である「乱流火炎の形」を,目の見えない小学生にわかってもらえるか?と思ったとき,ダイバーシティーの観点からも,3Dプリンティングの価値はあると確信できます.3D-CT研究に限らず,熱・流体研究では3D分布データを獲得する研究も多いと思うので,ご自身の3Dデータをぜひ3Dプリンティングされて,お持ちいただくことをお勧めします.
3.4. 多方向定量シュリーレンCT計測法(9-13)
3.2項で紹介した火炎輝度のCT計測において,つぎの2つの問題点が浮き彫りにされました.1つ目は,火炎輝度の光量が有限であるため,高速のシャッター速度が設定できずに,より高速の流動現象の場合に画像ブレが生じること,もう1つは,火炎のような発光を伴う現象に適用範囲が限定されること,です.
そこで本研究では,定量的シュリーレン撮影を基礎としたCT計測法に移行しました.図8に定量シュリーレン光学系を示します.シュリーレン撮影において,カメラは光源の光を撮影するので,短発光時間のフラッシュ光源を使用することで,極めて高速な流動現象であっても静止画像を獲得することができます.また,流動場の密度勾配(密度分布の空間微分値)を明暗として撮影するので,密度分布が存在する多くの流動現象に適用範囲が広がります.
図8 定量シュリーレン光学系(9)
さて,多方向定量シュリーレンCT計測のために,図9に示す「20方向定量シュリーレン・カメラ」を作製しました.このカメラの直径は約2 mで,20本の定量シュリーレン光学系(光源発光時間,9μs)が放射状に搭載されています.ここで,これらの光学系の定量性は,(i)光源の形状が矩形であること,(ii)面発光光源の均一発光強度特性,および(iii)カメラ感度曲線の補正,によって保障されます.
図9 20方向定量シュリーレン・カメラ(9)
3.5. 高速乱流バーナー火炎の密度分布の瞬間三次元分布の計測(9,10)
多方向定量シュリーレン3D-CT法は,はじめに,噴出速度10 m/sの高速乱流バーナー予混合火炎(図10)に対して,適用されました.図11に,多方向定量シュリーレン画像群を示します.これらの画像から,偏差密度厚さ分布画像(文献9-13参照)を作製し,それを3D-CT演算して,全領域における定量的な密度の値の瞬間三次元分布が再構成されました(図12).
図10 計測対象火炎:高速乱流バーナー予混合火炎(6)
図11 多方向定量シュリーレン画像群(6)
図12 瞬間三次元密度分布のCT再構成結果(6)
さて,三次元密度分布に任意の密度閾値を設定すれば,三次元コンターが得られます.図13は,密度閾値0.7 kg/m3の場合の三次元モデルのCGです.さらに,図14には,他の噴出速度(8 m/s,6 m/s,4 m/s)の場合の再構成結果とともに,3Dプリンティング結果の写真(10)を示します.
図13 高速乱流バーナー火炎の3D CG動画.密度閾値0.7 kg/m3.
予混合気噴出速度10 m/s.
図14 高速乱流バーナー火炎の3Dプリンティング(10).密度閾値0.7 kg/m3.
(予混合気噴出速度,左から10 m/s, 8 m/s, 6 m/s, 4 m/s)
図15 火花点火火炎の3Dプリンティング(11).手前:層流予混合気流中.奥:乱流気流中.密度閾値0.7 kg/m3.点火後2 msの形状.
3.6. 多方向定量シュリーレン3D-CT法の他の応用例
多方向定量シュリーレン3D-CT法は,これまでに,火花点火による伝播火炎核(11),不足膨張超音速噴流(12,13)についても適用され,三次元密度分布が得られています.
謝辞
本研究の一部は,科学研究補助金((C)23560226,(C)16K06118など)によります.謝意を表します.
文 献