流れ 2020年12月号 目次
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ターボ機械内部流の非定常性について(現象理解と空力・伝熱設計への展開)
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はじめに
部門の広報委員会から原稿執筆を依頼され二つ返事でお引き受けしたものの、いざ書き始めようとした途端筆が鈍ってしまった。いささか大上段に振りかぶってテーマを設定してしまったためである。そのような場合には、「温故知新」作戦が奏功する確率が高いことから、ネットで何気なくターボ関係の検索を行ってみた。偶然にも、大橋秀雄先生がターボ機械協会創立10周年を記念して寄稿された「ターボ機械―その不滅の流れのひとこまー」(1)という記事がヒットした。
流体機械の業界で大橋先生を知らない人はいないと思うが、もしかすると若い会員諸兄の中にはご存じない方もいるかも知れない。軽妙洒脱でかつ天才的な閃きを放つ文章を綴られる様は、私の密かな憧れの的であった。さて、件の記事の中で大橋先生は、それまでの60年間における水車の進歩に流体工学がどれほどのインパクトを与えられたのか、という自問自答に始まり、「ターボ機械は不滅」ではあるが、時代の進歩を取り入れることでターボ機械の進化が生まれている、と締め括られている。
ターボ機械は不滅、という大橋先生のご神託は心強いばかりであるが、おそらく大橋先生のご真意は後段の「時代の進歩」との付き合い方にある、と筆者は考えている。ジェットエンジンにおける超合金の開発や複合材の開発、また、ターボ機械の設計におけるコンピュータの登場やその飛躍的進歩、などはその好事例であろう。
成熟した機械と見なされ、ターボ機械に向き合う研究者が減少傾向にある「不滅のターボ」が新たな輝きを取り戻すことを願い、大橋先生の慧眼には及びもしないが、筆者なりの思いをこの短い記事の中で吐露してみたい。なお、対象は主として空気機械ではあり、「空力設計」という表現を頻繁に使うが、気体に限られるものではないことをお断りしておく。
ターボ機械の設計と流れの非定常性
ターボ機械は、羽根車の回転運動を介して流体との間でエネルギー交換を行う機械であり、輸送(航空エンジン、ロケットエンジン、パイプライン)、発電(蒸気タービン、ガスタービン、水車、風車)、産業利用給排水、空調、など、現代文明におけるターボ機械の重要性への言及には枚挙の暇もない。まさに「不滅のターボ」であるが、その設計法もほぼ“不滅”である。近年になり最適化手法が進歩し、機械学習やPOD、DMDが導入され、目覚ましい成果も得られつつあり、流れの非定常性がもたらす影響が少しずつ解明されているが、基本的な設計フローは定常流を想定したものである。勿論、翼振動など構造関係の解析、特にフラッタ解析には非定常解析が不可欠であるが、キャンベル線図を用いる強制振動では古くはStimulusと称して定常流での流体力の10%程度を励振力として与えていた例もあった(2)。
いずれにしても、非定常性に関する知見がターボ機械の空力設計に直接的に反映されている例は現時点でも多くはない。しかし、ターボ機械の設計空間を大きく広げることによって、流れの非定常性が強まり、ターボ機械の空力性能や伝熱特性の評価への影響度が高まることは十分に予想される。また、今後再生可能エネルギー源、特にコストの低減と変換効率の向上により太陽光発電による発電量が増加することによる火力発電の部分負荷運転、天候変動等による電力変動や夜間移行時での急激な発電量減少への対応など、機動的な運転がターボ機械に求められることから、広範囲の作動域においても高効率を発揮することが求められる。
航空エンジン用低圧タービン翼の空力設計と非定常性
非定常性に関する知見が空力設計に活かされている好事例の一つは航空エンジン用低圧タービン(A/E-LPT)である(3)。A/E-LPTが巡航状態では機体周囲の圧力低下による低レイノルズ数効果により翼面境界層のかなりが層流状態になることと、A/E-LPTがエエンジン軽量化を目的とした高負荷化(翼枚数削減)により逆圧力勾配が強まることにより、大規模な剝離(泡)が翼負圧面に発生する。剝離泡はそれ自体不安定な流体現象であり、大規模な渦放出を伴いながら翼面に再付着し、それと同時に主流と低運動量流体との混合により翼列損失が急増する。これを抑制する方法として、上流側翼から流入するwakeとの干渉効果を用いる方法がある。翼に対するwakeの相対的運動の結果として、所謂negative jet効果等により剝離が抑制され、結果として損失増加が劇的に改善されることが期待される。
実際、筆者のグループでは、異なる翼負荷を有しつつほぼ同様の流出入角を有する6種類の低圧タービン翼列群を用いて、wake流入効果が翼列性能に与える効果を総合的に調査した(Fig.1)。これらの翼列群は、翼に作用する周方向の流体力に関する無次元数であるZweifel係数が異なるが、それ以外にも翼負圧面での流れの減速率DRが異なる。圧縮機翼列の場合でも拡散係数DFが許容される負荷レベルを表し設計指標の一つとなっているが、低圧タービンにおいても減速率は極めて重要であり、後述するようにDRによって翼列損失のマップが描ける程である。Fig. 2には熱線プローブで計測した翼面境界層の速度分布及びRMS分布を示す。翼の負荷レベルの増加で剝離泡が成長し、かつ、剥離せん断層の不安定化により再付着を起こすとともに、流れ場に大きな速度変動をもたらす様子が鮮明に抽出されている。Fig.3には、上流側からのwakeより剥離せん断層の不安定化が促進される状況をLES解析により明らかにしたものである。また、wake干渉効果の結果として、剝離泡の成長が抑制され、かつ速度変動のレベル、範囲も抑制されていることが、Fig.4の熱線プローブによる計測の結果からも明らかである。
Fig. 1 Tested cascades with different loading levels and deceleration rate over the suction surfaces
Fig. 2 Velocity and velocity-rms contours over 4 different airfoil suction surfaces under no wake condition
Fig. 3 Velocity and velocity-rms contours over 4 different airfoil suction surfaces under no wake condition
Fig. 4 Velocity and velocity-rms contour over Design E (largest loading airfoil) suction surface under wake passing condition.
新たな翼設計の可能性
Wake流入など、ターボ機械内部での非定常現象を用いて剥離せん断層などの非定常性の強い現象を抑制することを利用する、謂わば毒をもって毒を制す、のようなアプローチでより高効率な翼形状の探索を試みた研究が筆者らのグループで行われている(4)。Fig.5は負荷レベル(減速率)によりwake流入影響下での翼列損失がどのように変化するかを示している。このグラフから、負荷レベル、レイノルズ数(及びグラフには現れていないが、無次元wake通過周波数)により翼列損失が変化することが読み取れるが、特に高レイノルズ数条件で翼列損失が極小値を有する傾向を示すことを今回初めて明らかにした。この現象は、翼面境界層、特に剝離泡に与えるwake通過の効果もあるが、wakeが翼列流路内で変形、拡散を通じて損失発生の状況の違いが関与していると考えられる。ただ、この推測を定量的に検証するためには、大規模かつ高精度なCFDとともに、高い時間・空間解像度を有する光学計測(PIVなど)を様々な翼列、流動条件等に対して実施する必要があり、更に、実験・解析を有機的に結合させた手法の開発も重要である。
Fig.5 Normalized aerodynamic loss data for several cascades with different DR at three Reynolds number conditions
むすび
ターボ機械は効果的にエネルギー交換を流体との間で行える優れた機械であり、その価値は大橋先生の言われるように不滅である。しかし、その地位に甘んずることなく、新たな用途を発掘し、斬新は手法を他分野から積極的に導入して、その機能を更に極め、環境性も向上させる努力が絶えず求められている。そのような魅力的な分野であることを若い世代に伝えていきたい。