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流れ 2021年11月号 目次

― 特集テーマ:2021年度年次大会 ―

  1. 巻頭言
    (本澤,森)
  2. 粘弾性流体の乱流-実用例から乱流組織構造まで
    川口 靖夫(東京理科大学)
  3. 流体解析における計測とシミュレーションの融合とその応用
    早瀬 敏幸(東北大学)
  4. EFDワークショップ -流体音- について
    世話人 飯尾 昭一郎(信州大学),渕脇 正樹(九州工業大学),稲澤 歩(東京都立大学),菊地 聡(岐阜大学)
  5. 低騒音音響風洞で計測できない空力音
    丸田 芳幸(中央大学)
  6. 拡張型固有直交展開法を活用した空力音解析
    寺島 修,西川 礼恩(富山県立大学),奥野 未侑(金沢大学)
  7. ファンの騒音特性とその制御
    林 秀千人(長崎大学)

 

粘弾性流体の乱流-実用例から乱流組織構造まで


川口 靖夫
東京理科大学

 本稿は日本機械学会2021年度年次大会(2021年9月5日~8日、オンライン)における筆者の基調講演(1)を要約したものである。流体工学部門ニュースレターへ掲載する機会を頂いたことに対し、関係する各位に心より感謝申し上げます。

1. 緒   言

 界面活性剤や水溶性ポリマーを水に少量添加すると溶液はわずかな粘弾性を帯び,その結果流体の摩擦抵抗が大幅に減少するトムズ効果(2)-(4)が現れることが知られている.抵抗低減が生じるレイノルズ数は溶媒の流れであれば乱流になる範囲にあることから,粘弾性が局所的・非定常な流体運動に作用して抵抗の低いタイプの乱流状態をつくりだしていると考えられる.

 本稿では,筆者らのグループが従事したトムズ効果の実用化研究の事例を紹介したあと,抵抗低減状態における乱流組織的構造の実験的研究について述べる.

2. 抵抗低減の実用化研究の事例

2・1 界面活性剤を用いたビル空調の省エネルギー化

 (独)産業技術総合研究所は2004年に札幌市との協定のもと,札幌市本庁舎(図1)における空調系の省エネルギー実証試験を行った.この実証試験には,産総研,札幌市の他に東京理科大学,(財)周南地域地場産業振興センター,(株)藤原環境科学研究所が共同で取り組んだ.冷暖房の熱媒体である水に抵抗低減剤を注入すると管摩擦を低減できるので,これにより各部屋の冷暖房器に水(冷水や温水)を供給するポンプの動力を削減し省エネルギー化をはかる.


Fig. 1. Photograph of Sapporo City Hall Building

 市役所本庁舎施設(図2)の循環水量32tに対して重量濃度約0.5%の界面活性剤LSP-01A(エルエスピー協同組合製)を添加した.トムズ効果によって管摩擦抵抗が減少し循環流量が増加するが,空調のためには流量は定格として定められた量で十分である.そこで増加した流量を定格流量に戻すために,インバータを用いて供給電力の周波数を落としポンプの回転数を下げる.この際ポンプ動力の減った分が電力の削減となる.


Fig. 2. Schematic diagram of hot / cold water circulation system for building air conditioning

 この実証研究ではポンプへの供給電流は周波数35Hzで定格流量が維持できたので,添加前の50Hz運転に比べ65%の電力量の削減となった.また夏季の電力量削減率は47%であった.通年の実証研究によってトラブルが発生しない確認はもとより,初期コストやランニングコストの試算,および界面活性剤を用いることでシステム維持管理が複雑にならないか等についても検討を加えることができた(5)

 実用化研究とは別に界面活性剤溶液の乱流について基礎研究が行われた.4象限分類された乱れ変動事象が遷移するパターンを分析する方法が提案されている.粘弾性流体乱流においてはニュートン流体の乱流とは異なり,弾性的な効果に起因する変動(インタラクション運動)を挟むパターンが頻出し,そのことが抵抗低減に直接関わることが示された(6)

2・2 摩擦抵抗低減塗料を用いた船舶の省エネルギー化

 船舶に働く抵抗力のうち摩擦抵抗成分が全体に占める比率は50%から80% に及ぶが,それを低減する技術が求められている.船舶を保護するため船体に塗布する船底塗料という製品がある.そのうち海洋生物の付着を防ぐ目的で,加水分解によって徐々に塗料を溶解してゆく「自己研磨型防汚塗料」が発売されている.

 船底塗料において成分を徐放する技術と水溶性ポリマーとを組み合わせて,ポリマーをゆっくり海水に放出してトムズ効果による抵抗低減を得るための研究が2007年より行われた.NEDOの「エネルギー有効利用基盤技術先導研究」プロジェクトのうち「海水摩擦抵抗を低減する船舶用塗料の基礎技術の研究」の表題のもと,(独)海上技術安全研究所,中国塗料(株),東京理科大学,東京農工大学が共同して実施に当たった.ポリマー混合塗料の開発,円筒回転型試験機による性能試験,塗装平板や大小の模型船による曳航試験と並行して基礎研究が行われ,ポリマーを混合した船底塗料が船舶の抵抗低減に有効であることが立証された(7)

3. 粘弾性流体乱流における組織構造研究の事例

3・1 ポリマー吹き出しによる抵抗低減率の把握

 2・2で紹介した船底塗料による抵抗低減事例では,海水の中にごく微量のポリマーが溶出し,濃度境界層を形成する流れ系となる.そこで流れと摩擦抵抗を詳細に評価する目的で図3に示す実験装置を製作し,基礎実験を行った.積層金網で構成した壁面からポリマー溶液を低速で滲出させ,局所の抵抗低減率を評価する.


Fig. 3. Schematics of the channel system and dosing system with various measurement locations (8).

 ポリマー溶液の濃度が各測定箇所における抵抗低減率(局所壁面せん断応力を,同じレイノルズ数の水流のそれで規格化した値)に及ぼす影響を調べた結果を表1に示す.25ppmという希薄な溶液を滲出するだけで滲出開始点から1350mm隔たったPosition 3においては,30%もの抵抗低減率が得られている.

Table 1. Drag reduction rate of the dosing polymer cases at three streamwise positions along the dosing wall, see Fig. 3

 

Position 1

Position 2

Position 3

25 ppm

7.0%

18%

30%

50 ppm

2.0%

20%

40%

100 ppm

-6.0%

21%

44%

Dosing velocity of polymer solution from the dosing wall was 2.9 × 10-4 m/s,
and the ratio of the dosing velocity to the bulk mean velocity (Re= 4.0×104) was 3.3 × 10-4.

3・2 ポリマー吹き出しを伴うチャネル流の乱流組織構造

 さらにPIVを用いてx-y 平面内での乱流の組織構造の観察を行った(8).水路に設けたテストセクションと観測に用いたPIVシステムの構成図を図4に示す.


Fig. 4.  Experimental facilities for water channel with polymer blowing from the wall (8).
Test section is a rectangular channel equipped with porous wall for blowing. Instantaneous velocity distributions in x-y plane are obtained by PIV system.

 図5と図6では流れにおいて観測された瞬時速度場に,ガリレイ分解を施した可視化結果 (a),swirling strengthによって抽出された渦の分布 (b),瞬時のレイノルズ応力分布 (c) をそれぞれ縦に並べて示す.図5は水の流れ,図6は壁面からポリマーを噴き出した流れについて解析した結果である.図6の各図を図5の対応する図と見比べると,図6 (a)ではせん断層は存在するものの発生頻度は低く,壁面近くの低速流体塊(せん断層下の青色で表す領域)が無くなり,せん断層の傾きも減少する. 図5(c)でせん断層の下側,壁面近傍に見えていたイジェクション運動は抑制され,図6 (c)では赤色で示されるインタラクション運動が存在していることがわかる.以上の観察から壁面からポリマーを噴き出す抵抗低減流れでは,壁近傍の低速流体塊の数が減少することが確認でき,これはヘアピン渦に代表される組織構造が消失していると解釈できる.ポリマーを壁面から滲出させて大規模渦運動を抑制できれば壁面摩擦力は低減し,同時にポリマーの乱流拡散も抑えられるので噴き出した少量のポリマーの効果が平板の長い区間にわたって持続するので実用上好ましいと考えられる.

Various analyses for instantaneous velocity distribution. (a) Galilean decomposition, (b) swirling strength, (c) Reynolds stress normalized by the frictional velocity. Dashed line represents shear layer observed in (a). Re=4.0×104
Fig. 5. Water flow (8): Circles A and B are vortex core in (b). Ejection (blue area and velocity vectors head to upper left) is observed in (c). Fig. 6. Drag reducing flow with polymer blown from the wall (8): Interaction (red area under the shear layer) is observed in (c).

 

4. 結   語

 本稿では工業的価値の大きいトムズ効果の2つの実用研究例と,乱流の組織構造に関する基礎研究について報告した.船底塗料の使用を模擬した基礎研究では,壁面から供給したポリマーが壁乱流の組織的構造に強く影響を与え,レイノルズせん断応力を抑制して壁面摩擦抵抗を低下させる様子が明らかになった.

文   献

(1) 川口靖夫,粘弾性流体の乱流-実用例から乱流組織構造まで, 日本機械学会2021年度年次大会予稿集,K051-01.
(2) Toms, B.A., “Some Observations on the Flow of Linear Polymer Solution Through Straight Tubes at Large Reynolds Number”, Proceedings of the 1st International Congress on Rheology, II, Part 2, North-Holland Publishing Co. Amsterdam (1978), pp.135-142.
(3) Li, F.-Ch., Yu, B., Wei, J.J. and Kawaguchi, Y., “Turbulent Drag Reduction by Surfactant Additives”, John Wiley & Sons (2012).
(4) 川口靖夫,塚原隆裕,本澤政明,粘弾性流体に現れる乱流渦構造, 日本機械学会論文集B編,第79巻808号 (2013),pp.2660-2669.
(5) Takeuchi, H., Kawaguchi, Y., Tokuhara, K. and Fujiwara, Y., “Actual Proof Test of Energy Conservation in Central Heating/Cooling System Adapting Surfactant Drag Reduction”, Proceedings of 8th International Conference on Sustainable Energy Technologies (2009), Aachen, Germany.
(6) Hara, S., Ii, R., Tsukahara, T. and Kawaguchi, Y., “Analysis of an organized turbulent structure using a pattern recognition technique in a drag-reducing surfactant solution flow”, Int. J. Heat and Fluid Flow, 63 (2017), pp. 56-66.
(7) 安藤裕友,千田哲也,高橋千織,山口良隆,川島英幹,大縄将史,吉川榮一,蘆田利彦,溝口朝久,田代真一,川口靖夫,本澤政明,岩本 薫,「摩擦抵抗低減塗料,摩擦抵抗低減塗膜および船舶」,特願2017-68512,2017年3月30日,特許番号6291691.
(8) Motozawa, M., Sawada, T., Ishitsuka, S., Iwamoto, K., Ando, H., Senda, T. and Kawaguchi, Y., “Experimental Investigation on Streamwise Development of Turbulent Structure of Drag-reducing Channel Flow with Dosed Polymer Solution from Channel Wall”, Int. J. Heat and Fluid Flow, 50 (2014), pp. 51-62.
更新日:2021.11.25