流れ 2021年11月号 目次
― 特集テーマ:2021年度年次大会 ―
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拡張型固有直交展開法を活用した空力音解析
寺島 修 富山県立大学, 西川 礼恩 富山県立大学, 奥野 未侑 金沢大学 |
1.はじめに
日本機械学会2021年度年次大会にて開催されたEFDワークショップでの講演内容を僭越ながらニュースレターという形で執筆させて頂く.ニュースレター執筆の貴重な機会を与えてくださった九州大学の森英男先生をはじめ,流体工学部門の広報委員の方々に感謝申し上げる.また,東京都立大学の稲澤歩先生をはじめ,ワークショップでの講演の機会をご提供くださったワークショップのコーディネータの先生方にも併せて感謝申し上げる.
以下,当日講演させて頂いた内容を紹介させて頂くが,ニュースレターという性質を踏まえ,学術論文等とは異なり堅苦しくないものとさせて頂いたのでご容赦頂きたい.
2.研究の背景と目的
低騒音風洞での高精度な空力音の計測やスーパーコンピュータを用いた大規模な空力音の数値シミュレーションが広く行われるようになった現在でも,その計測結果やシミュレーション結果に基づき空力音の発生原因や発生機構を解明し,その低減策を考案するためには時間を要することがある.これはすなわち,実験やシミュレーションにより得られたデータを有効に活用できていないことを示している.このため,実験やシミュレーション技術の発展に付随して,我々はそれらにより得られたデータを有効に活用するための解析・評価手法の構築も行っていかなければならない.
上述の課題に対する解の一つが「機械学習を用いたデータ解析技術」である.近年,機械学習や人工知能という言葉が世間を賑わせているが,これらは年々身近な技術となっており,例えばMatlabやPythonといった著名な技術計算言語を用いて手軽に機械学習を活用したデータ解析を行うことができるようになった(1).
一方,このような汎用的なデータ解析技術を本研究で対象とする空力音の発生原因や発生機構の解明に利用する場合,解析により得られた結果と実際の流動現象との整合性や関連性の有無の判断は,当然ながら流体力学・流体工学の知識を活用して自身で行わなければならない.つまり,データ解析で得られた解の流体力学・流体工学的な解釈は自ら行わなければならず,この点に時間を要することがある.
このような背景から,著者らはもっと簡単に流れ場(速度場)の状態と発生している音の情報(音場)を結び付けて考察できる手法を構築できないかと考え,2012年頃から研究に取り組み始めた.
手法の構築に向け,注目したのが固有直交展開法(Proper Orthogonal Decomposition: POD)解析(2)である.POD解析は近年では市販のPIV計測/解析用のソフトウェアにもその機能が搭載されるなど,幅広く使われるようになった解析手法の一つであるが,当時はそこまで汎用的なものではなかった.
我々はこのPOD解析を活用して,乱流噴流中での速度場と圧力場の多点同時計測結果から,速度場と圧力場を連携したモード解析(図1参照)を行うための拡張型固有直交展開法の研究(3)を進めてきたが,この解析手法を応用して速度場と音場を連携したモード解析ができないかと考え,研究を進めてきた(4)-(6).また,近年ではこの技術と実稼働伝達経路解析(Operational Transfer Path Analysis: OTPA)で用いられる技術,特にクロストークのキャンセル技術(7)を組み合わせ,より精度の高い騒音源探査を行うための技術の構築にも取り組んでいる.
Fig. 1 An example result of extended POD analysis for the velocity and pressure field in a turbulent planar jet(3).
今回の講演ではこの解析方法,および,この解析方法を用いて解析した結果についてお話をさせて頂いた.解析対象とした空力音は円柱(4)とステップ流れ(5), (6)である.時間が許せば角柱から発生する空力音,特に,近年筆者らが行っている多孔質材料を用いた角柱の空力音低減技術(8), (9)を紹介し,空力音を低減した場合としない場合の角柱後流の解析結果を報告する予定であったが, 時間の関係で割愛させて頂いたため,また別の機会に報告する機会を頂ければ幸いである.
3.拡張型固有直交展開法を用いた空力音解析
拡張型固有直交展開法による空力音解析の流れをまとめたものを図2に示す.頁数の制約上,数式等,解析方法の詳細の記述は割愛するため,ご興味があれば既報をご覧いただきたい.
この解析では,速度場と音場の同時計測を行い,その結果に対して解析を行う.はじめに流れ場の情報,例えば速度の時間変動場の情報に対してPOD解析を行い,流れ場を各モードに分解する.通常のPOD解析はここで終わるが,この解析ではPOD解析で導かれた各流れ場のモードと,発生している音場のモードを結びつけるための解析を行う.逆に言えば,発生している空力音と,それに関連の高い流れ場のモードを結びつけることが可能となる.
ここまでの話から,
「難しく考えず,流れ場と音場の周波数解析を行い,発生している音の周波数に対応した流れ場について,時間相関解析を行い考察すればいいだけじゃないのか?」
という疑問を持たれる方も大勢いらっしゃると思う.確かに一般的には周波数解析と相関解析で考察を行うのがよいのは事実である(実際に筆者もこれまでそのように研究開発を実施してきた).
しかし,周波数だけに着目して考察を行った場合,周期的に大きな音が発生する円柱や角柱から発生する音の場合は注目すべき周波数がすぐに,明確にわかるのでよいが,幅広い周波数帯域に渡って大きな空力音が発生する場合などはまずもって何Hzの周波数に着目すればよいかを見つけることも難しい.
例えば,講演中に紹介したステップ流れ(5), (6),特に後方ステップ流れで発生する空力音の場合,空力音の周波数解析を行っても,そこから明確な,特徴的な周波数を見出すことは難しい.また,例えば60 Hzの空力音が発生している場合に,単純に60 Hzの流れ場に着目して考察を行うと,「60 Hzの流れ場のうち,目立つもの・わかりやすいもの」にばかり注目して考察を進めてしまう可能性がある.これが講演中にも述べた「主観が入る危険性」である.もちろん,この主観による判断が正しければよいが,誤っている可能性もあり得る.このため,この解析手法のように数学的・物理的に流れ場の情報をモード分解し,それらのモードとの関係性を導き出すアプローチも必要であると考えられる.
Fig. 2 Procedure of the analysis of the flow-induced noise with extended POD analysis.
4.講演を終えて ~課題と今後の展開~
今回の講演後に有難いことに多くの先生方と議論する機会を頂き,貴重なご意見を頂くことができた.先生方にはこの場を借りて厚く御礼申し上げる.
講演後に頂いたご意見から浮かび上がったこの解析方法の課題として,「この解析手法のメリットを出せる適用先が少ないのではないか?」という点があった.すなわち,上述の「単純な周波数解析では事足りない場合」や「主観が入ることにより考察が誤ってしまう場合」に当てはまる流れ場が少なく,この解析方法が活躍できる機会が少ないのではないかというご指摘であり,確かに現状ではもっともなご意見であった.
その反面,「少ない流れ場の情報から,発生している空力音と関連の強い特徴的な流れ場を特定すること」がメリットになるのではないかというご意見があった.大量のデータを実験や数値シミュレーションで長時間かけて取得せずに,限られた流れ場の情報から空力音と関連の強い流れ場をこの解析方法を用いて短時間で「特定」することができれば,より効率的な研究開発ができるのではないかというものである.また,「流れ場のモードと音場のモードや音の伝播過程を数学的に関係づけて考察すること」ができる点にも,どちらかといえば物理的な観点ではあるが,メリットが見出せるのではないかというご意見もあった.
今後はこれらの貴重なご意見も踏まえながら,この解析方法についてさらに研究を進めて行く予定である.引き続きご指導,ご意見を頂ければ幸いである.
謝辞
本研究の遂行に際し,酒井康彦先生(名古屋大学),長田孝二先生(名古屋大学),阿部行伸博士(株式会社日立製作所),森田潔博士(株式会社日立製作所),渡辺徹氏(株式会社日立製作所),大西一弘氏(株式会社デンソー)に多大なるご指導とご協力を仰いだ.ここに記して謝意を表す.また,本研究の遂行に際し,科研費(課題番号:23760155,17H06998,18K13691)をはじめ多くの財団・団体様から財政的支援を頂いた.併せて謝意を表す.